きっと、
今夜は

傭兵団雑賀衆を率いる頭領、孫市は特に目的も無くぶらぶらと町を歩いていた。小腹も減ったし甘味処で一休みといこうか、とも思ったのだが、何となく路地裏に足を運んだ。



(寂れてるねえ…)



日の当たりにくい北に面したその道は、人の気配が殆ど無かった。昼間であるのに薄暗く、薄ら寒ささえ覚える。流石にこんな所では出会いも無いか、と踵を返そうとした時。



(ん?)



ここ数日雨は降っていないというのに、その家の軒下には傘が幾つも開いて置いてあった。何気なく近付いて、開きっぱなしの入り口を覗き込む。



(…おおお?)



目に付くのは傘。骨組みだけの物もある。板の間の奥に、傘に埋もれる何かが動いた、気がした。



「誰か、いるのか?」



声を掛けると、恐る恐るていった様子で、一人の娘が顔を出した。薄暗い部屋の中でははっきりと分からないが、顔立ちは美しい、となれば。



「お嬢さん、そんな所で畏まっていないで、俺の隣に来ては頂けませんか?」



女好きと憚らない孫市の行動は早かった。にこやかな甘い笑顔で、さぁ、と誘う。娘は静かに近付いてきて、ぺこりと頭を下げた。



「俺は孫市。貴女のお名前は?」



優しく問いかけたが、娘はふるふると首を振った。その動きに合わせて黒髪が揺れ踊る。陽向で見たらさぞかし美しいだろう、と孫市は思った。



「恥ずかしがらなくても大丈夫さ。名前が無い訳では無いだろう?」



こくりと頷いたが、口を開く気配は無い。そこまで緊張しているか、もしかすると口が利けないのかも知れない。



「残念だ…俺は貴女の声を聞きたくてたまらないのに」



孫市は娘の手を取ると、ふんわりと唇を寄せた。器用に片目を瞑って視線を送る。最初は驚いて目をぱちくりと瞬かせていた娘が、ふふっと吹き出した。



「ふふふ、ふふっ」

「俺、そんなに可笑しな事言ったか?」

「…ごめんなさい、こんなに気障な人、初めてで」



ころころと笑いながら、娘はぺこりと頭を下げる。孫市の想像以上に、柔らかく綺麗な、透き通る声。笑顔も愛らしく、孫市も自然と顔が綻ぶ。



「喋れないのかと思ってたぜ?」

「…ちょっと理由があって。本当はずっと黙っていたかったんですけど」

「黙っているなんて勿体無いな。貴女の声は本当に綺麗だ。勿論貴女の全ても」



孫市の歯の浮く台詞に、娘は苦笑しつつ少し外を見上げた。孫市もつられて見やれば、快晴の空が視界に映る。



「外は気持ち良いぜ?少し、休憩がてらお茶でも…」

「ごめんなさい、仕事が残っているので…それに」



私、雨女なんです。



娘は寂しげに笑った。





きっと今夜は、雨
傘をお一つどうぞ







こんな感じの雨女ヒロインでシリーズ書きたいです。

出会い編みたいになったので甘さの欠片も無いから困った。うっかり孫さん振られてるじゃないか…?←

その内続き書きますー。


title thanks:確かに恋だった


20110301
天倉