02
「なあ名前ちゃん、ひなね、ご飯行きたいとこあんねん」
今まで子どもと関わってきたこともなく夕飯はどうしたもんかと迷っていたら、ひなからそんなことを言われた。
高いところだったらどうしようと一瞬頭によぎったが、理由もわからず急に家を出て母と過ごす時間も少ない中、文句も言わずに私と一緒にいるひなのワガママならいいかと思い「なに?」と聞いた。
ひなは嬉しそうに雑誌を持ってきて「ここ、このお店。ひなの好きな人の家族がやってるの」と見せてくれた。
ここから徒歩圏内だし、おにぎりならひなも食べやすそうだなと二つ返事で了承してお店へと向かった。
お店まで行く間、ひなは好きな人…ムスビイブラックジャッカルの宮侑選手について教えてくれた。
そういえば姉がバレーボールが好きで、高校時代よく観に行っていたことを思い出した。
暖簾をくぐり、お店の人に「子ども大丈夫ですか?」と声をかけたら「ええよ〜」と笑ってくれたのでひなと二人掛けの席へと座った。
「ひな、何食べたい?」
「名前ちゃん、すごい、侑くんのサインがある!!」
目を輝かせて店内を見渡すひなに、こちらの話なんか耳に入ってないなと思わず笑う。
「ひな、注文せな食べられへんよ」
再度言えばハッとして「ネ、ネギトロ!侑くんが好きなんやって!」とニコニコ嬉しそうに喋る。
先程みた雑誌に載っていた店主に「注文お願いします」と言うと「お嬢ちゃんツムのこと知っとるん?」とひなに声をかけてくれた。
「うん!一回観に行ったんだけどね、すごく格好よかったの!」
無邪気に笑うひなに、店主も「こんなかわええ子に好かれるなんてツムもすみに置けんなあ」と笑った。
「俺もツムと同じ顔なんやで」と帽子を脱いで見せてくれた顔は確かにそっくりで、ひなも「ほんまソックリなんやなあ」なんてマジマジとみている。
「ほい、お待ち〜」
しばらくそうやって見ていると、いつの間に握ったのか目の前に注文したおにぎりを差し出された。
「名前ちゃん!このネギトロとひなを写真に撮って…!」
大きなおにぎりを両手で持ち、キラキラとした目で私に頼んでくるひなは年相応で、やっぱり我慢してたんだよなあと反省した。
「美味しいね!名前ちゃんは何頼んだの?」
「私のはピリ辛キュウリだよ。ひなにはまだ早いかな〜」
ひなが私をみてモジモジしているので「美味しいね、ママにも買ってこか」といえば「うん!」と大きな声で喜んでくれた。
「テイクアウトもお願いしてええですか?」
「構へんよ〜」
「じゃあ梅と…ネギトロと、あと…んー…」
「迷っとるならお任せでもええよ」
「あ、じゃあそれで」
「何個にする?」
「ひなの朝もあるから…10個?うん、10個でお願いします」
そんな会話をしていたら扉がガラッと開いて大きな声が聞こえた。
「サム〜!腹減って死にそうや…なんか適当に握ってや!」
驚いて入り口の方をみれば先程ひなが見せてくれた宮侑選手がいて、こんなことある?と目をパチクリさせてたら足元でひなが固まっていた。
その様子に店主さんが「ツム、そこの子お前のファンらしいで」と気を利かせてくれ、宮選手がひなに気づいてしゃがんでくれた。
「なん、お嬢ちゃん俺のファンなん?」
「ひっ」
「緊張してるん?かわええなあ!握手するか?あ、サインでも書いたろか?」
ニコニコとひなに話しかけてくれる宮選手に、なんて神対応なんだと感動していたら「サム、マジック〜」と店主さんからマジックを受け取り「お、服もユニフォーム着てくれてるやんな?ほなこれに書こ〜」と白のマジックの蓋を外し手慣れた様子でサラサラと書いてくれた。
「ひな、お礼」慌ててそういうと「あ、えっと…侑くん…ありがとうございます!いつも応援してます!」と頑張って伝えていた。
「いつもはもっと遅い時間にくるから今日会えたんは運命やな〜」なんて笑う宮選手は爽やかで、これは人気なのもわかるわと一人納得した。
帰り道「名前ちゃん、今日連れてってくれてありがとう」と泣いて言われて「また行こうね」と言ったら涙声で「うん」と返された。
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