05

「お嬢様、今日はよく頑張られましたね。少し早いですがお仕舞いにしましょう」

一静さんと会えたことで活力がでて、午後の習い事はすごい集中力を発揮した。
そのおかげで自由時間ができ、一目散に庭へ行こうとするとマナーの先生から「レディーは走りませんよ!」とお叱りの言葉を頂戴したが折角の空き時間を少しでも楽しみたくて全力で走った。

庭へ出て抜け道の方へ行くと一静さんがいて「走るなって言われてたのに走ってたね」と大層面白そうに笑われた。

「また抜けるの?」

「今日はどこへ連れて行ってくれる?」

「俺が連れて行くのは決まってるのな」

「だって、ほかに誰も知らないもの」

「じゃあまた抜けたところで待っておいてね」と言われ、連れて行ってくれるのだと喜んだ。

抜けた先で落ち合うと、一静さんは「そんなに頻繁に抜けるとバレるからほどほどにしなよ」と注意され「一静さんとしか行かないわ」と返せば「俺が悪い人みたいだ」と心外そうな顔をされた。

「ねえ、今日はどこへいくの?」

「お嬢様は甘いものが好きそうだから、どこかの喫茶店でも入ろうかな」

話には聞いたことがあったけれど、実際行ったのはこの間飲み物を買ったほんの少しの時間だけだったので、一体なにがあるのか検討もつかない。

席について何を頼もうかソワソワしていると「お淑やかにしないと目立つよ」と笑われた。

たしかに周りには大人が多く、シックな雰囲気の内装は私とは縁遠い“大人の時間”を思わせた。

マナーの先生に言われたことを思い出しながら精一杯大人っぽくすると「うん、いいね」と頷かれた。
給仕さんがきて「ご注文はお決まりですか」と聞かれたが、何を頼んでいいのかわからなかったので一静さんに任せた。

しばらくして給仕の人が運んできてくれたのは、宝石みたいに輝く飲み物だった。

上にはアイスとさくらんぼがのっていて、見ているだけでわくわくする。

「素敵だわ…」

そう呟けば「お嬢様は素直な感性をもっているね」と優しげな声で言われた。

「ねえ、一静さんはどうして私をこうやって連れ出してくれるの?」

「籠の中の鳥に興味があったからだよ」

「私、鳥じゃないわ。ねえ、今度またこうやって会える?」

「お嬢様は婚約者がいるでしょ?こういうのはよくないと思うけど?」

ああ、また悪い顔で笑っている。

「婚約者だって父様が勝手に決めた人よ」

「でも、その父様には逆らえないでしょ?」

試されているような目で見られ、居心地の悪さを感じながら「そんなのやってみないとわからないわ」と言い返す。

「はは、お転婆だね。でもそれはよくないな。俺の印象が悪くなる。もう少し、いい子で待っていて」

一静さんは私の髪を手に取ると流れるような動作で口付けをした。

驚いて息をのめば「悪い男に引っかかっちゃダメだよ」と言われ、揶揄われたのだとわかる。

「さ、飲んだら帰ろうか。外に出てるのがバレたら流石の俺も庇えないからね」

いつものニコニコした顔でそう言われ、私は素直に頷くことしかできなかった。

実際、父様がやろうと思えば本当に自由な時間もなく私を拘束することなんて容易いのだから。



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