コレオプシス

高校三年生の夏合宿の最終日、侑が「バレーは楽しいけど夏っぽいこと何もやってへんやん!!」と騒ぎ出して、いつもなら注意にまわる尾白くんまで「花火とかええんちゃう?」と言い出した。

こうなったら北くんに止めてもらわねばと北くんの方を見たら、北くんは少し考えた後「今日は無理やけど土曜ならええで」と言ってのけた。

「「ほんまですか!?」」

「花火ならうちでできるやろ」

「よっしゃー!!」

「宿題忘れずに持ってくるんやで」

その一言で部室内が急激に冷えた気がした。

私は勿論もう終わらせてあるのだが、顔を青くしている双子や尾白くんをみると相当量残っているに違いない。

他の人たちはどうかと見渡したら「数学がやばい」「感想文本読んでへん」「英語まだ手つけてへんぞ」などと言っているので、みんなやることは多そうである。

「名字は終わっとるやろ」

そんな北くんの言葉に頷けば「日中こいつらの勉強見るの手伝ってもろてええか?」と聞かれた。

終わらなくてはバレー部として他の先生に申し訳ないのでここは終わっている者の宿命だろうと二つ返事で了承した。

当日、お昼を食べた後北くんの家に集合して、そこから花火をやるまでの間みっちり宿題をした。

いつもなら途中で切れるであろう集中力も北くんがいるせいかみんな背筋を伸ばして文句の一つも言わずに集中している。

途中おやつ休憩だと北くんのおばあちゃんがスイカを切ってくれて、みんなで縁側に座って食べた。

休憩中、外を散策していると遠くに水が見えて追いかけたけれど行った場所に水はなく、少し先にまた水が見えた。

不思議に思って首を傾げていたら、北くんがいつのまにか隣に立っていて「逃げ水やな」と言った。

「逃げ水?」

「追いかけても追いかけても水は逃げていく、暑い最中に見る夢幻みたいな現象なんや。一種の蜃気楼やな」

ジリジリと熱せられた地面から立つ陽炎に、北くんの姿も蜃気楼のように消えてしまいそうな感覚になって、思わず手を取った。

「なんや?太陽に当てられたか?」

ふわりと微笑む北くんをみて、ここにいる彼は本当に北くんなんだろうかとぼんやり思った。

「帽子被らな熱中症になるで。家に戻って少し休み」

手を引かれて縁側へと戻れば、侑たちが楽しそうに水遊びをしていた。
大きな水鉄砲も持っているから多分最初から遊ぶつもりで用意してきたのだろう。

「覚悟しろや!!」

「あ、アホツム!」

「名字さん!!」

銀の悲鳴と共に、思いっきり水が顔にかかった。
ぼーっとしていた私が悪いと思う。

でもその水のおかげでのぼせていた頭がすっきりして、私も近くに落ちていた水鉄砲をとって侑へと構えた。

そこからはもうみんなびしょびしょになるまで遊んだ。

「暑いから干しておけば乾くやろ」

そう言って北くんはみんなにハンガーを渡して、私には「俺ので悪いけど風邪引くから着替えてきいや」と着替えをくれた。

借りた服に袖を通してみれば、バレー部では小柄の部類に入る北くんもやはり男の子で、Tシャツは大分大きめだった。

頭を通した時にふわりと北くんの香りがして、その優しい香りに胸がギュッとした。

その後は北くんの「休憩もしたし宿題の続きやるで」という無慈悲な発言にみんなでまた机を囲んだ。

「あれ、名前さん…」

「フッフ、疲れたんやな」

「寝かしといてやり」

みんなの話す声が心地よくて、視界がだんだん狭くなるのを感じた。

どれくらい寝ていたのだろう、私は和室の隅で布団に寝かされていて、外は薄暗くなっていた。

「起きたか?」

北くんの声のする方を向いたら、北くんは手に大きなお皿を持っていた。

「外でBBQやっとんねん」

縁側から外へでると各々好きなものを焼いているみたいで、北くんに「野菜も食べなアカンで」と言われていた。

出された食材も空になると、双子が両手いっぱいの花火を持ってきた。

「本日のメインイベントやで〜!!」

嬉しそうに掲げる侑から花火を受け取って、中に入っている蝋燭に火をつける。

「まずはこれやろ!」

そういって点火されたのは噴出花火で、逃げ遅れた治が「お前、ふざけんなクソツム!」と言って花火を手に取り侑へと構える。
その様子を角名くんがスマホに撮っていて、後で送ってもらおうと思った。

「名字はやらへんの?」

「やるのもええんやけど、この調子だとすぐなくなりそやからなあ」

「やらんともったいないで」

そう言って北くんが私に手渡したのは線香花火で、あんなにいっぱいある中からこれを選択したのが北くんらしいなと思った。

「ほんなら北くん、どっちが長く保つか勝負しよや」

「ええな、負けたらどないするん?」

「んー…なんか言うことひとつ聞く、でどや?」

「なんでもええの?」

「ええよ!女に二言はあらへん!」

いっせーのせで火をつけて、パチパチと燃える火花をじっと眺める。
最初は小さかったのがだんだん大きくなり、そして次第に静かになっていく。
最後に丸い火の玉がポトリと音を立てて落ちた。

「俺の勝ちやな」

私のはもう落ちてしまったのに、北くんのはまだジリジリと燃えている。

「悔しいなあ…」

そう呟けば「何聞いてもらおかな」と嬉しそうに北くんは言った。

「あんま難しいこと言わんといて〜」

「ほな、バレー引退した時に名字の隣がまだ空いとったらそこ俺にくれへん?」

その時北くんの線香花火もポトリと落ちて、二人の間の灯りがなくなった。

「終わったな」

北くんは立ち上がって「やっぱり他の花火もやりに行こか」と言って侑たちの方へと歩いて行った。

「名前さーん、何してはるんですか!こっちきてやりましょうよ!」

治の声に我にかえり「今行く!」と返し、赤く染まった顔が花火の輝きに隠れればいいなと思った。


花言葉:夏の思い出


お題:線香花火



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