08
治さんに指定されたところで待っている間、会って何を話せばいいのかずっと考えていた。
付き合っていないから、お店の主人と客だから、そんな言い訳をして辞令がでて引っ越しを考えていることを伝えずにいたのは優しくしてくれていた治さんに失礼だったなとか、もっと前に勇気を出して連絡先を聞いておけばよかったな、とか考えれば考えるほど後悔ばかりが浮かんで、合わす顔がないとはこのことだとため息がでた。
「そんなため息ついとったら幸せが逃げてしまうで」
治さんの声が聞こえて振り向いたけど、逆光で治さんがどんな顔をしているかが見えなかった。
「名前さん、最近俺のお店来なかったんはなんで?」
「辞令が出て、大阪に異動になってしまって忙しくて…」
「もしかして引っ越したん!?なんで教えてくれなかったんや…」
「引っ越しはいい家が見つかってなくてまだなんやけど…」
「なんでそういう大事なこと教えてくれへんの?」
ピリピリした雰囲気に気圧されるが、なんとか口を開く。
「引っ越すかもって言って返ってくる反応が自分の期待したのと違ったら嫌で、言いに行けなかったんです…」
「名前さんは、俺になんて言ってほしかったん?」
「んー…なんやろ、引っ越さないでって言ってほしかったんかなあ…」
「それだけでええん?」
治さんの口調は先程のピリピリした感じではなくなっていて、どこか嬉しそうな雰囲気がした。
「俺の家に住めばええんちゃう?」
「え…えっ!?」
「俺は、引っ越しの話聞いたらそう言うけどな」
太陽が傾き、やっと治さんの顔が見えた。
ニヤリと笑った口元と楽しげな目。
「大阪やろ?通勤範囲やん。同じ家賃払うなら近いとこがええかもしれんけど、そういうこととちゃうやろ?」
見透かされた想いに息をのむ。
「一緒にいたいって思うのは名前さんだけやないで」
「ほんまに?」
「おん、今度お店来たら常連さんに俺のかわええ嫁さんですって紹介したるわ」
「え!?嫁!?」
思わぬ言葉にびっくりして問うたら「大事にしたるから大船に乗ったつもりでいてくれてええよ」と笑って返された。
「入籍はいつがええ?」とニコニコと笑う治さんに「上司に報告してからでもええ?」と聞くと「その前にお互いの両親ちゃうの?」とびっくりされた。
お礼も兼ねて姉とひなに今日のことを報告したら、二人して喜んだ後「ってことはうちら侑くんの親戚になるんやな…?」と考えこんでいたのには笑ってしまった。
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