ヘリオトープ
受験も終わった三月、花巻がこの間駅前にできたカフェにカップル限定のメニューがあると言い出した。
私も花巻も甘いものが好きで、この限定メニューは正直逃したくない。
「あー、でもお前伊達工に彼氏いんだろ?付き合ってもらえばいいじゃん」
そう、花巻の言う通り私には彼氏がいる。
「でもこういうの付き合ってくれるタイプじゃないし、いつも忙しいって断られるからなぁ…」
「年下だっけ?」
「そ。二年生」
「ま、とりあえず誘ってみろよ。ダメだったら俺が付き合ってやるからさ」
「あー、うん」
そうは言ったものの、誘ったところで絶対断られるに決まっている。
今週末会う予定だし、一応そこで聞いてみようと思った。
ところが金曜日に『試合入ったから無理になった』と連絡があり、堅治がいかにバレーを頑張っているか知っている私は何も言えなかった。
いつもデートは堅治の空いてる日に、堅治の行きたいところへ行く。
スポーツ用品店だったりテーピングの買い足しに薬局だったりと様々だけれど、私の用事に付き合ってくれたことはただの一度もない。
ドタキャンだってよくされるけど文句の一つも言わないでいる。
友人にはどうして付き合ってるのと聞かれたけれど、告白したときに堅治のバレーの邪魔はしないことを約束に付き合ってもらったのだから仕方がない。
私自身も堅治のバレーをしている姿を見て好きになったから、自分が堅治にとって足手纏いになるのは避けたかった。
花巻には「なんで俺らの試合観に来て他のやつに惚れてんのかわかんねぇわ」と呆れられたけど、伊達工のあのブロックは唯一無二の格好良さがあると思う。
兎にも角にも、堅治にとって私は都合のいい女であることは間違いない。
でも一応彼女なんだから少しくらいはわがままを言ってもいいだろうかと『この前駅前にオープンしたカフェに行きたいんだけど付き合ってくれたりしますか』と送ってみたけれど、こたえは『なんで俺が』と一言だった。
『じゃあいつもの友だちと二人で行ってきます』そう送ったのは私の意地だったと思う。
“いつもの友だち”つまり花巻のことなのだけれど、デートするにしても何にしても私のことを蔑ろにする堅治にふざけんなという気持ちをこめて男友達と遊ぶと宣言した。
普段花巻とは絶対二人で遊ぶことはない。
向こうが私に彼氏がいることに対して気を遣ってくれて、複数人でしか会わないようにしている。
それも堅治はしっているから、二人で遊ぶと言えば何が言いたいかわかるだろう。
いい加減好きでいるのも疲れたし、これを機に堅治とはサヨナラして他の人を探すのもありかもしれない。
四月になれば私は大学生になるし、新しい出会いだってある。
花巻をだしに使ったのは悪いけれど、私だっていい加減堪忍袋の緒が切れるってもんだ。
『彼氏に断られたので明日空いてたら行こ』
そう花巻に送れば『ドンマイ。13時に駅な』と来た。
明日は花巻に愚痴を聞いてもらおう、そう決心して寝る準備をした。
次の日の朝、起きるとすごい量の着信があった。
全部堅治からだったけれどもう決めたのだから折り返しはしなかった。
その代わりたった一言『別れてほしい』と送っておいた。
駅に着くと、花巻はもう来ていて「ごめん、待たせた?」と聞けば「いや?さっき来たばっか」と言ってくれた。
「お前マジで彼氏いいの?」
花巻から聞かれた言葉は当然で「もう別れるからいいの」と返したら「早まんなよな」と困った顔をされた。
頼んだパフェは可愛くて花巻は嬉しそうに写真を撮っていたけれど、私はそんな気分になれなくて飲み物を口にした。
「お前さー、これ食ったら会いに行けよな」
「え、なんで」
「俺もバレー部だったからわかるけど、マジで忙しいんだわ。それでも別れないで付き合ってんのはお前のこと好きだからだと思うぜ?」
花巻から言われた言葉は目から鱗で、堅治が私のことを好きだなんて考えたこともなかった。
「どうせ食欲もないんだろ?これは俺が食っといてやるから早く行けって」
しっしと手を振られ、店を後にするとまた着信があった。
慌ててでたら開口一番『どこいんだよ』と大きな声が耳に響いた。
場所を告げると『そこから動くな』と低い声で言われ、仕方なしに近くのベンチへと腰をかけた。
しばらくすると堅治がすごい顔で走ってきて「別れるって何」と怒られた。
「だって私ばっかり好きで嫌になっちゃったんだもん」
「ドタキャンしたのは謝るけど、付き合う時にバレー優先なのは変えられないって言っただろ」
「うん、だからそれに疲れちゃったの」
「俺は嫌だからな」
眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をする彼に「だって堅治は私じゃなくてもいいでしょう?」と聞けば「誰がそんなこと言ったんだよ」と本気で怒られた。
「いつもの友だちってやつ?」
「いや、花巻は寧ろ堅治に同情してた」
「じゃあ誰に言われたんだよ」
「誰にってか…蔑ろにされてたら誰だって思うでしょ」
いつもの堅治よりも口調が荒く、ものすごく不機嫌で顔も合わせるのも怖いくらい威圧感がすごい。
「高校卒業したら就職するから、それまで待ってろ」
「え?」
不機嫌な彼から発せられた言葉の意味がわからず聞き返したら「だから、卒業したら一緒住めるからそれまで待ってろって言ってんだよ」と言われた。
「え、どういうこと」
「ちゃんと好きに決まってんだろ!他の男と二人でどっかいったりすんなよ」
ぶっきらぼうだけど、初めて彼が口にしてくれた好きという言葉に「本当?」と聞けば「じゃなきゃ付き合わねえっての」と口を尖らせて言われた。
花巻の言う通り、どうやら私はちゃんと愛されていたらしい。
「だから別れるとか言うなよ」
拗ねたような口調で言う彼が珍しくて「うん、ごめんね」と謝れば「ほら、デートすんだろ行くぞ」と手を引かれた。
花言葉:献身的な愛
リクエストありがとうございました!
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