憧れを目指す

彼を初めて目にしたのは2年の始めだったと思う。

うちの学年の宮兄弟が喧嘩していると誰かが騒ぎ、友人の野次馬根性で私は体育館へと連れて行かれた。
双子の乱闘は激しく、周りはどっちが勝つか賭けつつ「北どこや!?」「まだ職員室に…!」と言っていた。

友人に‘北さん’とはだれかと尋ねれば、双子のことを唯一止められる3年の先輩で男子バレー部の主将であると教えてくれた。
あの双子を止められるなんてどんなゴリラだろうかと思い想像を働かせたが、男子バレー部にそんな屈強な男はいただろうか。

去年までのレギュラー陣でガタイが良くて目立つのは、確か大耳さんと尾白さんだったと記憶している。
それを友人に言えばどうやら‘北さん’は今年からレギュラーになった人らしい。
なるほど、知らないわけである。

友人と話していると体育館の向こうから「あ、北!双子が乱闘してんねん。止めたってや!」という声が聞こえてきた。
‘北さん’のご登場か?と思って目線をそちらにやれば、想像していたのとはだいぶ違うバレー部にしては小柄な男子が目に入った。

あの体格でどうやって双子の乱闘をとめるんだ?と思ってみていると、‘北さん’が来たことにより双子の背筋はピンと伸び、ほどなくして喧嘩は収まった。

双子を叱る後ろ姿が凛としていて、綺麗だなとぼんやり思った。
そこからだと思う、彼を目で追うようになったのは。

学年も違うのであまり見かけることはないかと思ったが、学食で周りが騒がしい中一部だけピシッとしていると思えばその中心に彼がいたり、生徒集会での先生の話に大半の生徒が舟を漕いでいるのに一人綺麗な姿勢で話をきいていたり、特に目立つことをしているわけではないのだが彼の周りだけは空気が違うのかよく目に入った。

好きとかそういう感情ではなかったと思う。
彼の姿を見るたびに自分もきちんとせねばと気を引き締めた。
ただそれだけのこと。

しかし、毎日しっかりやれば結果も変わっていくもので、友人に「あんた最近すごいなあ」なんて褒められた。
褒められると彼に近づいた気がして少し嬉しかった。

そんなある日、私が日直で教室に遅くまで残っていたところを先生に見つかり、バレー部まで届け物をしてほしいと頼まれた。
どうやら宮兄弟が提出したノートを返却するのを忘れてしまったらしい。
特に用事もないので了承し、自分の荷物をまとめ体育館へと向かった。

体育館へ行ってノートを宮くん達に渡して早く帰ろうと思ったが、練習中の彼らに声をかけるのは難しく、一通り終わってからにしようと端の方で待つことにした。

すると程なくして私がいるのが気になったのか‘北さん’がこちらへと向かってきた。

「自分、さっきからそこにおるけど誰かに用でもあるん?」

「あ、先生から宮くん達にノートを渡してくれって頼まれまして…」

「なんや、それなら早いとこ声かけてくれてよかったんに。声かけづらかったんやな。今呼んでくるからちょお待っとって。」

北さんはそう言うとすぐ宮くん達を呼んできてくれた。
先生からの頼まれものを渡すと宮くん達は「なんやあの先生忘れとったんか」「わざわざすまんな」と言い、二人で顔を合わせて何を思ったか「練習見てったらどうや」と言ってきた。

部外者である自分が体育館にいるのもどうかと思ったので固辞すれば、北さんまでもが「日も暮れてきたし送ってったるからついでに見てくとええ」と言ってくる。

断れない雰囲気をひしひしと感じ、部活が終わるもう少しの時間を体育館の端で待った。

バレー部の練習でも体育館の片付けでも北さんはきちんとしていて、彼にとってはどれもが毎日の繰り返しなんだろうなと思わせられた。
高校生とは思えないくらいちゃんとしていて、彼の所作はひとつひとつが本当に綺麗だ。

ぼんやり見つめていると、片付けが終わったらしく北さんが声をかけてくれた。

「待たせてもうてすまんな、帰ろか。」と言われたので「いえ、こちらこそノートを届けにきただけなのにお手を煩わせてしまってすみません」とそう返せば「ええねん、俺がそうしたかったんや」と笑われた。

「名字さんはいつも‘ちゃんと’してるなあ」

急に呼ばれた名前にびっくりして北さんの顔をみた。
なぜ彼は私の名前を知っているのだろうか、顔に出ていたのだろう。

「先生たちが前、2年に北みたいなやつがおるって言うててな。名前聞いたら名字さんやっていうから気になっててん」

「いえ、そんな恐れ多い…」

「1年の時はそうでもなかったのに2年になって急に‘ちゃんと’しだしたって言っとったけど、なんかきっかけでもあったん?」

本人に言うのもどうかと思ったが、私のきっかけは北さんなのでそれを伝えれば「毎日‘ちゃんと’やってると誰かが見ててくれるもんや」と北さんは笑い「なあ名字さん。俺、名字さんのこと好きみたいや」とそれが当たり前かのように言った。

聞き間違えたか?と思うほどあっさり告げられた思いに驚いて固まると「これからの毎日を名字さんとすごしたいって思ったんや」とプロポーズみたいなことを告げられる。

「私も、北さんと一緒に‘ちゃんと’日々を積み重ねていきたいです」

そう応えれば彼は満足したように笑い「これからよろしくな」と私の手に彼の手を絡ませた。



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