09

昨日のパーティーで婚約者として正式に発表されるものだと思っていたが、そんなことはなくただ彼と踊ってお話をするだけで終わってしまい拍子抜けした。

帰り際彼に「僕は貴女が婚約者で幸せでしたよ」と言われたのは一体何だったのだろうか。

その疑問は意外にも早く明かされた。

朝から父様の書斎に呼び出され「婚約解消になったからな」と告げられた。

頭によぎったのは昨日の一静さんとのことで、まさか誰かに見られていたのかと冷や汗をかいたが、父が続けた言葉は私が思ったこととは違っていた。

「彼の家の会社を一静くんのところが吸収することになったんだ。お前は一静くんの婚約者になった。今度きちんと顔合わせの場を設けるから失礼のないようにな」

父からすると私はより良い家へと嫁ぐ道具なのだろう。
しかし告げられた言葉は私にとっては願ってもないことで、嬉しさを顔に出さぬよう必死だった。

「はい、わかりました」

震えた声は父にどう思われただろうか。

「下がっていいぞ」

「失礼しました」

扉の外へでると緊張が解け、足が震えて上手く立っていることができなかった。

婚約者の彼が最後に言った言葉は別れの挨拶だったのかと納得した。
あの日が最後だと、彼は知っていたのだ。
何も知らない私にいつものように振る舞ってくれ、別れ際に最大限のありがとうを私に伝えてくれたのだ。
もう会うことのない彼の優しさを思い出し、幸せになってほしいと心から思った。

そこでふと、部屋に一静さんが来たことを思い出した。
婚約者だった彼の家に一静さんがいるのはあまりに不自然ではなかったか?
しかも私がいる部屋まで知っているなんて。

一静さんはきっと知っていたんだ。
私と彼が婚約解消になることも、自分がその後私の婚約者になることも、全部。

と、いうことはあの日キスをされたのは揶揄われただけということになる。
だって一静さんは彼に罪悪感なんて覚える必要がないのだから。
後ろめたさを感じたのは私だけで、その反応を見て楽しんでいたのだ。

悪趣味!!!

この気持ちをぶつけたくて急いで立ち上がり、一静さんを探すためひたすら走った。

途中先生に見つかって怒る声が聞こえた気がしたけれど、今はそれどころではない。

多分一静さんはあそこにいる。
私と出会ったあの庭に。



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