クロッカス
「そういえば岩ちゃん名字さんと仲良かったっけ?」
部活を終えた帰り道、急に及川がそんなことを聞いてきた。
「2年の頃同じクラスだったからな」
「じゃあ名字さんが転校するって話聞いた?」
「聞いて…ねぇ…」
絞り出した声は多分震えていたと思う。
名字名前、2年の時同じクラスにいた女子で、決して目立ちはしないけれど誰からも好かれるタイプのやつだった。
みんなの話をニコニコと聞いていて、誰かが困っていたら率先して助けていた。
その助け方も鼻につく感じではなく、とても自然にそっと手を差し出すのだ。
人が嫌がることは絶対やらないし、誰かが嫌な思いをしていたらさりげなく話題を変えたりする。
一度だけ名字に「名字っていつもいい子でいられるのすごいよな」と言ったことがあるが「岩泉くんのがいつもまっすぐですごいと思うけどなあ」と笑って返された。
あまり一対一で会話はしたことはなかったけれど、好きな子はいるかと聞かれたら真っ先に名字の名前を出すくらいには惚れていたと思う。
だからといって今の自分にはバレーがあるし、想いを伝えることなんて引退するまではないと思っていた。
しかし、引っ越しとなると話が変わる。
今伝えなければこの先一生伝えることができないかもしれないのだ。
及川に「悪ィ、俺寄ることできたわ」と言って別れを告げれば「いってらっしゃい」と笑って手を振られた。
多分、俺が名字のことを好きなのを知っていて教えてくれたんだと思う。
いつから気づかれていたのかは知らないけれど、いつもながら周りのことをよく見ているなと感心した。
スマホを取り出しLINEを開く。
去年学年が変わる時にやったクラス会で交換したのがこんなところで役に立つとは思わなかった。
迷わず名字のアイコンを押し電話のマークを触ればコール音が耳に響く。
『岩泉くん?』
運良く数コールで名字は出てくれて「今時間大丈夫か?」と聞けば『平気だよ』と言ってくれた。
「引っ越すって聞いたべ」
『親の仕事の都合で来週にね』
「今会えたりしねぇ?」
『今?大丈夫だけど…』
「どこいる?」
『今ね…』
名字の声は踏切の音に遮られ、よく聞こえなかった。
でも同じ音がスマホからも聞こえた気がして、慌てて周りを見渡した。
「お前、踏切の近くにいんのか?」
俺の声は名字に届いたのだろうか。
『い……ずみ…ん?』
途切れ途切れにしか聞こえない名字の声にもどかしさを感じ、人をかき分け必死に探す。
その時踏切の向こうで、同じ制服を見つけた気がした。
遠いけれどスマホを持った手が微かに左右に触れ、「いた」と口が動くのを見た。
けたたましい電車の走行音がし、しばらくすると踏切の音が止み上へと動いた。
スマホを握りしめ先程見た彼女を探す。
「岩泉くん!」
大きく呼ばれた声に顔を向ければ、名字は嬉しそうに微笑んだ。
「近くにいたんだね、なんか用事でもあった?」
のほほんとした口調でニコニコと笑う彼女は2年の頃から変わっていなくて、堪らず抱き寄せた。
「俺、お前のこと好きだ」
心臓が早くなるのを感じ落ち着くようにとゆっくり息を吸えば、彼女の小さい声が耳に届いた。
「私も好き」
強く抱きしめた体の温かさをこの先もずっと忘れたくないと思った。
花言葉:愛の後悔
お題:踏切を向こう側で待つ君
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