イブニングスター
大地の優しく包みこんでくれるような手が好きだった。
でも、いつからか大地は私に対して壊れ物に触るような触れ方をするようになった。
原因は私にあって、会社に勤め始めた時から今に至るまでの過度なストレスによってご飯が美味しいと思えなくなった。
美味しそうなご飯を出されても口に入れる気が起きなくて、無理して食べれば気持ち悪くなる。
食べても味がわからなくて、出されたご飯に申し訳なくなって簡単に食べられるゼリーばかり食べていた。
辞めればいいんだろうけど辞めたところで次働くところが見つかるわけでもなく、ズルズルと続けている。
もう自分じゃどうしようもできなくて毎日誰かに助けてほしいと思っているのに、涙はでなかった。
私にとって唯一の救いである大地とは、警察官になってから休みの日が合わなくなった。
久々に会う時も呼び出しがあったりしてあまりゆっくりできなくて、自然と会う回数が少なくなっていた。
仕事もどん詰まり、彼氏とも上手くいってない、もう何もかもが嫌になりフラっとどこか遠くへ行きたくなって簡単な荷物をもって夜の暗い街へ繰り出した。
このまま夜の闇に消えてしまえば楽なのにと思った時、ずっと聞きたかった声が響いた。
「名前!!」
振り向けば泣きそうな顔をした大地がいて、行き先も告げてないのにどうしてここがわかったのだろう。
「時間ができたから家に行ったら名前がいなくて…死んじゃうんじゃないかって思って…」
そんなつもりはなかったのだけど、大地からみたここ最近の私はそれほど不安定だったのだろう。
「大地を残していなくなったりしないよ。どうしてここがわかったの?」
そう聞けば大地は私の腕を引き、力強く抱きしめた。
「ここで付き合ったから、もしかしたらいるんじゃないかって」
久々に感じる大地の温かさに安心して、涙が溢れるのを感じた。
鼻をくすぐるのは大好きな大地の香り。
「名前、仕事辞めろ」
「アテもないのに辞められないよ」
「お前くらい俺が養ってやれるから、頼むからもう辞めてくれ。そんなに痩せ細るまで頑張る必要なんかないよ」
「大地…」
「こんなタイミングで言うつもりじゃなかったんだけど」
そう言って大地はポケットから四角い箱をだし、中身を開けた。
「名前がずっと笑っていられるくらい幸せにする」
「俺と結婚してください」
差し出された手を取れば、私の大好きな大きな手を重ねて誓いの印を私の指へと嵌めてくれた。
「私でいいの…?」
「名前じゃなきゃダメなんだ」
そう言ってもう一度抱きしめてくれた。
こんなにも私のことを想ってくれる人がいるなら自分を大切にしなきゃダメだなと思った。
大地の想いに嬉しさが込み上げて頬を一筋の涙が濡らした。
花言葉:安らぎ
お題:大きな手
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