幼馴染
「俺、卒業したらアルゼンチンに行くんだよね」
そう告げられたのは期末テスト最終日だった。
冬休み前に学校へ行くのは後は答案返却日と終業式だけ。
「及川はテストどうだったの?」なんていつもみたいに軽く聞いたら「んー、まあまあかな!名前はどうだったの?」と言われたので「結構できたよ!センターまであと少しだから頑張らないと」と返したところ、冒頭の言葉を頂戴したのである。
言われた言葉に頭が真っ白になり「へえ!イタリアとかの方が似合いそうなのにね!」と返したが、果たして私は笑えていただろうか。
その後も何か話したとは思うが、内容は全く頭に入らなかった。
及川と岩泉と私は所謂幼馴染で、幼稚園、小学校、果ては高校までずっと一緒にいた。
一緒にいることが当たり前すぎてぼんやりとこれからも一緒にいるんだろうなと思っていた。
私が及川に恋心を抱いたのは小学生の時で、近所の悪ガキにいじめられていたところを「俺の名前のこと泣かすなよ!」と助けてくれたのがきっかけだった。
いつもそういう悪ガキを懲らしめるてくれるのは岩泉で、泣き虫の私のことを揶揄うのが及川だった。
それなのに、その時は岩泉よりも先に私の元へとんできて助けてくれたのである。
我ながらチョロいとは思うが、あの時の及川は本当に格好よかったのだ。
それからずっと片想い。
中学に入り及川はよくモテたし、彼女もよく作った。
取っ替え引っ替えなんて言われてたけど、バレーが最優先なことに嫌気がさした彼女たちに振られているのを、仲の良い人たちはみんな知っている。
私もその内の一人になんてなりたくなくて、直隠しにした想いを知っているのは長年一緒にいる岩泉と、ひょんなところからバレた花巻と松川の三人だけである。
彼らは及川のアルゼンチン行きを知っていたのだろうか、もし知っていたらなぜ一言言ってくれなかったのだろうか。
色んな感情がぐちゃぐちゃになって、どうしようもなくなっていると手元のスマホにLINEの通知が届いた。
送ってきたのは岩泉で「今から家行くから待ってろ」とだけ書いてあった。
ほどなくして家のインターホンがなり、ドアを開けると難しい顔をした岩泉がいた。
「公園でも行くべ」そう告げられたのでコートを羽織り、岩泉の後ろをついていく。
歩きながら岩泉は、単刀直入に聞くなと前置きをして「及川がお前に伝えたって聞いた。名前、お前大丈夫か?」と言った。
大丈夫なわけないのだが、大丈夫じゃないからといって及川がアルゼンチンへ行くのは変わらない。
いつ言われてたとしても、私の進路は宮城の大学に進学することだったし道は交わらないのである。
「どうしようもないから、もう諦めようと思う」
そう告げれれば岩泉は私の方へ振り返り「諦めるって言うならそんな泣きそうな顔すんなよ」と言う。
そんなこと言われてもずっと、ずっと好きだったのだ。
近くにいられるだけでよかった。
でももうそれさえも叶わないなんて、そんなこと思わないじゃないか。
岩泉の言葉に反論しようと思うが、言いたいことが纏まらず言葉が出てこない。
代わりに、先程まで何をしても出てこなかった涙が溢れた。
「泣くくらいなら、諦めんな。お前もちゃんと伝えろクソ川が。俺は帰るからな。」
そう岩泉が言って、私の後ろを見る。
不思議に思い振り返ると、そこには及川がいた。
「名前、ごめん。もっと早く言えばよかった。」
及川が今まで見たことないような悔しそうな顔をしていて、驚きのあまり涙はどこかへいってしまった。
「言ってくれてたからって何か変わるわけじゃないでしょ。別にいいよ、気にしないで。」
もっと可愛い言い方はなかったのかと思ったが、今更なんて言おうと変わらない。
それなら最後くらい強がらせてほしい。
泣いていた顔を見られたくなくて及川の元を下を向いて足早に去ろうとしたら、腕を引っ張られ及川の胸へと抱き寄せられた。
「そんなこと言わないで、お願い名前聞いて。俺、アルゼンチンに行くからもう名前のこと諦めなきゃって思ってたんだ。いつ帰るかわかんないし、もしかしたら帰ってこないかもしれない。それなのに待っててくれなんて言えなかったんだ。」
必死に言葉を紡ぐ及川は真剣で、懸命に私へと伝えようとしてくれているのがわかる。
「でも、岩ちゃんにそんなのはお前の勝手だ名前の気持ちも考えろって怒られて…。嫌だったら断ってくれて構わない。名前が大学卒業したら絶対迎えにくるから。お願い、それまで名前の隣を空けておいて。」
抱き寄せられているため、及川の顔は見えない。
私は及川の胸を押し、腕の中から逃げた。
「及川、そういうのは顔見ていって」
もし及川が私と同じ気持ちだというならちゃんと伝えてほしい。
そうすれば大学卒業まで待つことなんか全然苦じゃない。
「名前、これから先の人生を名前と過ごしたい。幼馴染なんてもう嫌だ。名前の隣を他の男に渡したくなんてない。結婚を前提に俺と付き合ってください」
私の目をしっかりと見て伝えてくれる。
私が何も言わないでいるとその瞳は不安に揺れ「ダメ…?」なんて聞いてくるが、ダメなわけない。
「及川の人生、私に頂戴」
にっこり笑ってそう告げれば、及川もまた笑って頷いてくれた。
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