ゴデチア
「佐久早くんの髪はふわふわしてそうだねえ」
そんなことを言ってきたのはこの間の席替えで隣になった名字で、意図のわからない質問に嫌な顔を向けた。
「あ、ごめんね。他意はないの」
焦る名字に「別にいい」と言えば「そう?ありがとう」と微笑まれた。
それがきっかけで名字とは日に一言二言会話をするようになった。
「聖臣が女子と話してんの珍しいな」
「名字は割ときれい好きだから」
「お前に言われるならそれは相当なきれい好きじゃね?」
古森はそうかそうかなんて言って楽しそうにしていたけど、俺にはなんでそんなに楽しそうなのかがよくわからなかった。
「佐久早くん」
名字の声は他の女子よりも落ち着いていて、キャーキャー騒ぐこともない。
隣にいても不快感のない清潔さもある。
だから話す、それだけなのに古森は「名字さんと仲良くなれるといいな」と笑った。
古森がなんで笑ったのかがわかったのは体育祭の時で、じゃんけんで負けて借り物競争に出る羽目になった。
なるべく清潔そうなものが出てくれと思いながら引いた紙には“好きな人”の文字があって、くだらない企画だと盛大なため息をついた。
誰を連れて行こうかと考えて真っ先に浮かんだ顔は名字で、ストンと腹に落ちた気がした。
そうか、俺は名字のことが好きなのか。
周りを見渡して名字を見つけ「ついてきて」と声をかけた。
でも名字は困惑しているみたいで動こうとしなくて、本来人の手なんか握りたくもないのだけれど、名字の手なら握れる気がして手を差し出してみた。
驚いた顔をしたものの、名字は俺の手をとってくれたのでそのままゴールへと向かった。
お題を読み上げられたときに名字が「他に連れてくる子いなかったの?」と聞いてきたから「名字しかいない」と返したら「勘違いするよ…」と真っ赤な顔で俯かれた。
この体育祭がきっかけで、名字とは随分距離が縮まった。
その後のクラスのイベントで男女組になるときは大抵名字と組んだし、部活後の時間が合えば一緒に帰ったりもした。
「佐久早くんはプロになるの?」
「なる」
迷いのない俺の答えに名字は何を思ったのだろう。
少しだけ暗くなった瞳に心配を覚えて「名字が隣にいてくれれば嬉しい」と続けて言った。
「本当?ありがとう」
ふわりと笑った名字の髪が風に靡いて、その柔らかそうな髪に手を伸ばせば嬉しそうに目を細める名字の顔が見えた。
花言葉:お慕いいたします
お題:柔らかな髪
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