キルタンサス

蛍くんは恋愛に関して淡白だと思う。
付き合っているのに手はあまり繋がないし、キスだって数回くらいしかしたことがない。

元々私から付き合ってくださいと告白したのもあって、もしかして私のこと好きでもないのに付き合ってくれているのだろうかと思うことがある。

友だちカップルの話を聞けば付き合って3ヶ月以内にお泊まりをしているという。
私たちなんてもう一年近くになるのに全然そういうことがなくて、友だちに相談したら「名前から誘えばいいじゃん!」という無理難題を提案された。

あの蛍くんにどうやれというのだろうか。

試しに少し色っぽい服装を着てみたら「名前今日お姉さんの服でも借りてきたの?」と言われるし、化粧を大人っぽくしてみたら「化粧濃くない?」と嫌な顔をされた。

かくなる上はお泊まりへのお誘いしかないのだけれど、私も彼も実家住まいなのでお泊まりへ誘う…つまりはラブホへ誘うというなんとも直接的なものになってしまうのである。

流石に羞恥心が勝ってそれはやらないでいるのだけれど、ではどうしたらいいのだろうか。

そんな風に悩んでいる時、街で“キスしたくなるリップグロス”なるものを見つけた。

これだ!とまあ安直に飛びついて蛍くんとのデートに臨んだのだけれど、今日蛍くんと目が一切合わないでいる。

あまりにも悲しくなってポロポロと溢れる涙に、蛍くんはギョッとして「ちょ、名前どうしたの」と聞いてくれたけれど、言葉になんてできなくて首を振るしかなかった。

蛍くんはそんな私の様子に小さくため息をついて「ここだとあれだから」と手を引いて小さな公園へと連れて行ってくれた。

「で、なんで急に泣き出したワケ?」

「蛍くん、なかなかキスとかもしてくれないから…私のこと好きじゃないのかなって…今日なんて目も合わせてくれないし…」

まだ涙は止まらなくて嗚咽混じりの言葉になってしまったけれど、蛍くんは嫌な顔一つせず聞いてくれた。

「ごめん」

ポツリと呟かれた言葉は隣にいる私に辛うじて聞こえるくらいの小ささだった。

「今日の名前可愛かったから顔見れなかった」

その言葉に顔を上げると珍しく真っ赤になった蛍くんがいて、びっくりして凝視していると「見ないで」と手で顔を隠された。

「可愛いって本当?」

「こんなことで嘘つくわけないデショ」

隠されているから顔は見えないけれど、蛍くんの声はいつもよりもちょっとだけぶっきらぼうで照れているのがわかる。

「あのね、今日私がつけてるの“キスしたくなるリップグロス”なんだよ」

そう告げれば「ナニソレ誘ってんの?」と蛍くんの顔が近づいてきて、私たちは薄暗い公園で触れるだけのキスをした。



花言葉:恥ずかしがり屋


お題:誘う唇



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