07

件のデートから一週間。
昼休みとか仕事帰りとかおにぎり宮に行く時間はいくらでもあったものの、どうも気恥ずかしさを感じてしまい足は遠のく一方だった。

水族館から帰ったあと「今日は付き合うてくれてありがとうな」「こちらこそありがとうございました」なんてLINEはしたものの、そこから特に発展することもなくトーク画面に新しい吹き出しは増えなかった。

キスもしたし、好きだって伝えてくれたのだからもう少し恋人らしいやりとりでも増えるのかななんて思った私が馬鹿だったのだろうか。
いや、それとも好きだからと言って付き合おうと言われてないから恋人ですらないのでは?と思い出すと悪い方向に働く想像は止まってくれなかった。

たった一言「私たち付き合ってますよね?」と聞けばいいだけなのだが、それを聞くのも無粋なのではないかと思い二の足を踏んでしまう。

誰かに相談したいものの普段の相談相手である先輩はおにぎり宮の常連。
こんなこと言ったら治くんの信頼も失墜してしまうのではと思うと何も言えない。

先輩にはデートの相談はしたけれど、相手が誰とは言えず終いだったのである。
付き合ったのならともかく、今の宙ぶらりんな関係で今更治くんでした!なんて伝えられるほど肝は据わってない。

八方塞がりの状況で明るい気持ちになれるはずもなく、会社帰りの駅までの道を下を向いて歩いていると誰かにぶつかった。
私より体格のいい人だったのでとばされたのは私の方なのだが、「痛っ…」と言われ、咄嗟に「す、すみません」と謝った。

ぶつかった相手が何も言わないので顔をあげると「名前ちゃんやん!奇遇やな〜」と嬉しそうな声が返ってきた。

今見たくない顔堂々の一位の治くんと同じ顔をした侑くんだった。

うわぁという気持ちがモロ顔に出てしまい「なんやその顔。侑くんと会ったのにその顔はないやろ〜」と肩を組まれ、「この後暇やんな?よし、暇やな!」と聞いた意味はあるのかと思うくらい強引に居酒屋へと連れて行かれた。

「ほな名前ちゃん、乾杯〜!」と飲むつもりもなかったのに無理矢理頼まされたお酒を片手に持ち、会うのは二度目のはずなのにやけに距離感の近い侑くんと飲むことになったのである。

「サムとデートしてきたんやって?」

乾杯した直後に最も触れてほしくない話題を直球で振ってこられて、飲んでいたお酒が変なところにはいり咽せた。

「うお、急にどしたん。なんや、サムと喧嘩でもしたん?」

「いえ、治くんとは喧嘩してないです」

「ほな、ヤッたはええけど相性悪くてもうやめようとか?」

「な…!!!ヤッ…!!!ちょ!!してません!!!」

とんでもない奴だ。そんなデリケートなこと曲がりなりにも女性に聞くものじゃない。

「フッフ、冗談や冗談!許したって〜」

侑くんは本当に距離感がおかしい。そして話題も失礼極まりない。

「そんなくだらないこと聞くなら帰ります!」そう言えば「すまんて!サムがここ一週間くらい元気ないからどないしたんやろと思ったんや!名前ちゃんなら知っとるかなと思って!」と続けた。

「治くん元気ないんですか?」そう尋ねれば「せやで〜。名前ちゃんとのデートの後ずっとスマホみては『あかん、なんて言えばええかわからん』ってあーでもないこーでもない言うて、うだうだしててん。ほんまキショいわ。」と言う。

「せやから、喧嘩でもしたんかな?と思ったんやけど、その様子だと違うみたいやな」

侑くんは急に真顔になり、何故なのかと問いただす目で私のことをみた。
揶揄ってはいるものの、治くんのことが大事なのだなと思った。

「で、なんでなん?」

「これ双子の侑くんに言わないとなんですか?」

「サムが元気ないのは名前ちゃんが原因やろ?なら教えてくれてもええやん?」

「…デートの後にキスされて好きだって言われました」

観念してそう告げれば侑くんは「で?」と言う。

「それだけです」

真面目な顔から一変目を丸くさせ、侑くんは大声を出して笑った。

「それだけって!なのに名前ちゃんは一週間もサムの店行ってないん?」

やっぱり知ってて私のこと捕まえたな、と思わずため息をつく。

「好きだって言われ、その後LINEでも特に何もなかったので行きづらかったんです!」

そう伝えれば「ピュアか!!」とまた笑われた。
恋愛に慣れてなくて悪かったなと思うが、一週間も何も連絡しなかったのは失礼だったかもしれないと反省した。

「心配かけたみたいですみませんでした…」

そう謝れば「ええねん、勘違いやったみたいやしなあ」と笑いながら言われ「ちょっとトイレ行ってくるから待っとってな」と席を立った。

待てど暮らせど侑くんは戻ってこず、どうしようと思案していたときだった。

「名前ちゃん」

後ろから私の名前を呼ぶ治くんの声が聞こえた。

「ツムから急に呼ばれて、名前ちゃんとおるって言うから来たんやけど」

治くんは先程まで侑くんがいたところへ少し気まずそうに腰掛けた。

「デートしたの、後悔しとったりする?」

治くんは不安そうな瞳でこちらをみて、そう尋ねた。

思わず首を振れば、「じゃあなんでお店に来てくれなかったん?」と聞かれたので「キスされて、好きだって言ってくれたけど付き合おうとかなかったからよくわからなくて、ごめん、避けてました…」と白状する。

「はあ!?ちょお待って、俺がキスして好きって言うたのも本気だと思われてへんかったってこと!?」

すごい剣幕で言われて思わず目をぎゅっとつぶったら「あ、すまん。怖がらせたいわけちゃうねん」と落ち着いてくれた。

「だって最近恋愛してなかったから、今時の子がどういう付き合い方するのとかわからなかったんだもん。下手にLINEして彼女ぶってるとか思われるのも嫌だったし…」

泣きそうになりながら伝えると治くんは「すまん、言葉足りんかった。」と謝り、真剣な眼差しで「名前ちゃん、好きやねん。俺と付き合うてください」と言ってくれた。

「私こそごめんなさい。治くん、大好き。私のこと彼女にしてください」

そう言えば治くんは「両想いやな!」と喜んでくれた。

翌日、先輩に治くんと付き合ったことを伝えたら「あの人名前が店に行く前から名前のこと可愛い可愛い言ってたもんな!」ととんでもないことを言ってくれた。

治くんが私のことをどこで知ったのかはまた今度聞くことにしよう。



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