08
おにぎりを食べ終えて店から出ようとしたら、治くんに手を引かれた。
先輩が「え、なにどしたん」とびっくりしていたけれど、そんなのお構いなしに治くんは「今日仕事終わったらもう一度ここへ来たって」と告げてきた。
なんで、と思って躊躇していれば「頼むから」と懇願されてしまい「わかった」と了承した。
私が知っている治くんはああやって人に頼むタイプではなかった。
年齢も重ねたし少しは大人になったのだろうか。
でも私のことを覚えていてくれたのは少しだけ嬉しかった。
治くんにとってみたら私なんていっぱいいる女子の中の一人だと思っていたから。
なんの話があるんだろうと、期待半分で仕事を終わらせて店へ迎えば“準備中”の札が置かれていた。
来てくれと言われたから入っても大丈夫だよね?と恐る恐る扉に手をかけ、そっと開ければ「ほんまに来てくれたんか」と治くんの驚いた声が聞こえた。
「呼んだのは治くんやん」
ムッとしてこたえれば「や、嬉しいって意味でや」と顔の目の前で違うと手を振られた。
「あ、そこかけてもらってもええ?」
立ってるのもあれなのでカウンターへ腰かけると、私の隣へ治くんも座った。
「で、なんで呼んだん?」
「あー、その、うーん…」
「用がないなら帰るけど」
煮え切らない態度にイライラして帰ろうとしたら「それはアカン!」と止められた。
「あの、名字さん高校の頃覚えとる…?」
「忘れはしないやろな」
「それなんやけど、すまんかった!!」
すごい勢いで頭を下げられて、店も開いたし過去の過ちを清算したかったのかと妙に納得してしまった。
「誰にも言わんし気にせんでええよ。お店の悪い噂も立てたりしないし」
期待したのにな、なんて思ってしまった自分にため息をつく。
「へ、店?いや、ちゃうねん店は関係あらへん。名字さんと、その、話したくて…やな…」
「何を今更話たいん?」
「いや…ずっと忘れられなくて…」
「離れたのは治くんなのに?」
「好きになってもうたから!!」
顔を真っ赤にして言う治くんに本当に驚いた。
これは私の知っている宮治なのだろうか。
「ちゃんと彼氏と彼女になりたくて少し距離置こうとしたらそのまま疎遠になってしまったんや…」
項垂れる治くんは「今もずっと好きやねん」と呟いた。
胸に温かい気持ちがブワッと広がるのがわかる。
「で、名字さんに彼氏いないなら俺なんてどうですか」
チラッと見られた目は昔と変わっていなくて、あの時の感情が全部押し寄せてきた。
「また物欲しそうな目しとるけど、それは期待してもええんかな」
昔と違ってちゃんと聞いてくれて、頷けば前よりも甘いキスが唇へと降ってきた。
脳が痺れるような感覚に身体が熱を持つのを感じる。
ちゃんと身体が覚えていることに、まるでパブロフの犬だと自嘲する。
「ここお店やし、続きは奥でしよか」
ニヤリと笑った治くんに縋り付けば「我慢できへんなんて、随分やらしいなあ」と店の奥へと連れて行かれた。
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