シジミバナ
「宮くん、数学のノート提出して」
放課後部活へ行こうとした時に、進路を阻まれてそう言われた。
話しかけてきたのは所謂委員長タイプの女子で、宿題や提出物を出さないと毎度こうやって催促してくる。
「あー、どっかいってもうたわ」
「さっきノート使ってんのみたよ。宿題やってないなら今やって」
言い分は圧倒的に彼女が正しいのだけれど、別に宿題なんてやらなくたって死にはしないのだから放っといてほしい。
「部活行くから無理やな!」
そう言って教室から逃げるように出れば、後ろから「部活後でいいから提出してよね」と叫ばれた。
「あいつほんまなんなんや」
毎度毎度しつこいくらいに俺に提出しろと言ってくるのは本当に鬱陶しい。
「名字さん?またなんか提出しとらんのか」
「数学嫌いなんや!そんなに言うならあいつのノート写させてくれたってええやん」
「最低やな。ツムがちゃんと提出すればええ話やん。名字さんも毎回こんなんに付き合わされて可哀想やわ」
サムの言い分は尤もなのだが、宿題なんて期限内に提出した試しなんてない。
毎度のことなのだからいい加減諦めたっていいではないか。
「あ、あれ名字さんと違う?」
サムの指差した方を見れば男と二人で歩いてるあいつがいて、腕を組んで楽しそうに喋っている。
笑った顔は、普段俺には絶対向けないような顔で、胸のあたりがムカムカするのを感じた。
「なんや、アイツ他の男にならああやって笑顔撒き散らすんか」
ポツリと呟いた言葉は嫉妬の色を濃く含んでいて、自分のその感情に驚きを隠せなかった。
「え、まさか構ってほしくて提出してへんかったんか?」
「はぁ?んなわけあるか!!」
「自分名字さんのこと好きなん?」
聞かれた質問にすぐ否定をしようとしたのに、出てきた言葉はあまりに小さく滑稽だった。
「好きとか、そんなんちゃうし…」
呆れかえった目で俺を見る片割れに八つ当たりするように蹴飛ばせば、その騒がしさに名字がこちらを向いた。
「あ、宮くんたちだ」
ふわりと笑った顔に、心臓が高鳴るのを感じる。
「お兄ちゃん、この人たちね、宮ツインズって言われとってバレーボールすごく上手いんやで」
隣の男にそう話しかけると「名前は昔からバレーボール好きだもんな」とその人は返していた。
「お兄ちゃん…?」
「うん、私のお兄ちゃん。今はもうやってへんけど、高校まではバレーやっとったんよ。宮くんたちみたいに強くはあらへんかったけど」
「こら、強くないは余計やろ」
楽しそうに笑い合うこの男は、どうやら名字のお兄さんらしい。
ホッとする自分に、慌てて頭を振る。
別に俺には関係あらへん!
「宮くんな、バレーボールしとるときすごく格好ええんやで。今度お兄ちゃんも試合観に行こうよ」
ね?と首を傾げる名字に、心臓が撃ち抜かれた。
名字の周りがやけに輝いて見える。
これが恋なんやろか。
「名字さん、こいつ普段はポンコツやけど見捨てんといてな」
そうサムが言うのも気にならない。
「宮くんはバレーボールのが大事なんようわかっとるよ。でもたまには宿題もやってきてな」
「次からちゃんとやるわ…」
「うっわ、きっしょ!!」
「じゃあ私たちもう行くね?宮くん、また明日ね!」
「おん、また明日…」
名字の笑った顔が脳裏に焼き付いて、目を瞑ると未だそこにいるかのような錯覚を覚える。
「天使や…」
俺の呟きは薄暗い闇の中へと消えていった。
花言葉:控えめだが可愛らしい
お題:恋のアラームが鳴る
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