エーデルワイス
高校の時に別れた彼氏がいる。
小さい頃からの幼馴染で、中学にあがる頃にはお互い意識していて高校入学と同じ頃に付き合うようになった。
ずっと同じ道を歩んでくものだと思っていて、高三の冬に別れを告げられた時は本当に驚いた。
でも、徹はバレーボールを、私は日本での生活をそれぞれとった結果だった。
高校卒業後すぐ異国の地に住む勇気はなかったし、もしかしたら今後も日本に帰れないかもしれないなんて私には耐えられなかった。
最後に空港でお別れをした時に「名前は幸せになってね」と言われたけれど、その時はこの先徹以外の誰かと付き合うなんて想像もできなかった。
でも月日は私の気持ちをきちんと想い出に変えてくれて、今年の春に入籍することができた。
私たちが幼馴染だったことは今でも変わらないし、それを否定しようとも思わない。
連絡したいときに連絡するし、会いたい時に会える、そんな関係に戻っただけだ。
オリンピックの開催が東京に決定した時、気まぐれで観覧チケットを申し込んだ。
忘れた頃に当選のお知らせがきて、東京観光も兼ねて長期休みを会社に申請した。
私の大好きなバレーボールの観戦が間近でできるなんて運がいいなと思った。
徹と別れてからは意識的に見ないようにしていたから、生で見るのは本当に久しぶりだ。
それこそ高三の仙台体育館のあの試合以来かもしれない。
2021年8月13日、私にとっては忘れられない試合になった。
アルゼンチンの代表として徹が選ばれていたのだ。
私自身他の国の代表に誰がいるかなんて把握していなかったので、選手入場の時に名前を呼ばれたときは思わず息をするのを忘れてしまった。
徹が目の敵にしていた牛若くんや烏野の一年生たちも日本代表になっていて、しかもそのアスレティックトレーナーには一が就いている。
徹にとって「全員倒す」っていうのは本当に全員だったのだとこの時実感した。
高校の時よりもより上手くなった徹のバレーを見て、あの時私がした決断は間違いじゃなかったと心から思えたし、自分の目できちんと見れたことは私にとって大きかった。
そして試合の後、久々に徹から連絡があった。
『もしかして試合観に来てた?』
『チケットが当たったから』
『少しだけ会えない?』
『いいよ』
馴染みのない東京の地で久々に見た徹は、昔よりも一回りも二回りも大きくなっていた。
いくらさっき見たからといって、やはり目の前にするとその背の高さに少しびっくりする。
「久しぶり、名前」
変わらない声で私の名前を呼ぶ徹に、懐かしさで涙が溢れそうになった。
「どうしたの?急に」
「試合してる時に名前が見えたから、久々に会えたらなって思って」
「試合お疲れ様、スポーツで感動したのなんて久々かも」
「本当?楽しめたならよかったね」
少しの沈黙が流れて、徹は私の左手へと視線を移動させた。
「結婚したんだ?」
「うん、聞いてないの?」
「岩ちゃんから?聞いてないけど…」
まさか一が言ってないとは思わなかった。
「名前は今幸せ?」
「うん、おかげさまで」
「なにそれ嫌味?でも、名前が幸せならよかった。旦那さん、いい人?」
「いい人ってか…」
私が言うのを躊躇っていると、徹の背中に痛そうなパンチが決まった。
「痛!あ!岩ちゃん!!」
「及川クソボケ、人の嫁勝手に捕まえてんじゃねえぞ」
「え…え!?」
「一、徹に言ってなかったの?」
「どうせここで会うと思ってたからな」
「待って、名前の旦那さん岩ちゃんなの!?」
「ごめんね、知らないと思わなくて」
「過去の男がいけしゃあしゃあと顔出してんじゃねーよ」
「言い方!!俺だって今度向こうの人と結婚しますし!!」
「なんだ、徹も幸せなんじゃん。おめでとう…!」
心の底から、お祝いの言葉が言えたと思う。
徹と別れた時に、「忘れられるかな」と言った私に一は「大事な思い出なんだから忘れることはねえだろ」と言ってくれた。
おかげで今、本当に昔の時のように幼馴染として接することができている。
「徹、向こうでもバレー頑張ってね」
「名前も、式はまだなんでしょ?呼んでくれたら飛んでくるからさ」
「会えてよかった」
「俺も」
「「またね」」
固い握手を交わした後去っていく徹の背中を眺めていたら、一に「後悔はねェんだろうな」と聞かれた。
「そんなのは高三のあの時に置いてきたよ。大丈夫、今好きなのは一だから」
「そっか、ならいい」
後悔なんて一つもなかったけれど、あの時の私たちはお互いの幸せを願うことで別れた。
今日、その約束が果たせたのは本当によかった。
ありがとう、徹。
大好きだったよ。
心の中で呟いた言葉は、かつて言うことができなかった過去の徹への告白だった。
これからの彼の進む道に幸多からんことを。
花言葉:大切な思い出
ハッピーバースデー及川さん!
back