リアトリス
アルゼンチンに帰化することを決めて、手続きをする前にやらなきゃいけないことがあってお盆の期間に家族への報告も含めて日本へと帰ってきた。
高校の時にお互い好きで、それでも日本を離れることを決めていた俺が待っていてなんて都合の良いことは言えなかった。
もう日本を離れて大分経つし、きっと名前も俺のことなんて忘れていると思っていた。
でもこの間岩ちゃんがわざわざ遊びに来てくれた時に「あいつ、今でも忘れられないみたいだぞ」と言っていて、俺も名前もあの時のままずっと時間が止まったままなことに気づいた。
事前に連絡はしていなくて本当に会えるかなんてわからなかったけど、もし会えなかったとしたらそれはそれで仕方ないと思っていた。
空港から出て日本特有のジリジリと蒸し暑い日差しを体に受けて、本当に帰ってきたんだと実感した。
仙台空港から電車に乗って25分、駅へ降り立つと高校時代と変わらない風景が目に入った。
特に決まった予定もなかったために、昔の記憶をなぞるように高校へと向かった。
校舎に入って体育館へ向かうと、懐かしい音が響くのが聞こえた。
高校生の若い声、シューズの擦れる音、汗の混じった体育館の匂い。
辛かった思い出、楽しかった思い出。
かつての自分を重ねて涙が出そうになった。
「徹…?」
後ろからずっと聞きたかった声が聞こえて、思わず振り向いた。
「名前…?なんで…」
「岩泉に聞いてない?私今青城で先生やってるんだよ。体育館の前通ったらなんか怪しい人が見えたから来たんだけど、まさか徹とは思わなかった」
「そうだったんだ…。って、怪しい人って酷くない?」
ケラケラと笑う名前を見て、会えなかった時間なんてなかったかのようだった。
「懐かしくなっちゃった?」
「まあ、あの頃は俺の青春だったからね」
「黒歴史も一緒に刻んでそうだけどね〜」
「そんなことないでしょ!」
「そうかな?まあいいや、私仕事だから戻るね。徹はいつまでいるの?」
「お盆期間だけ。…名前は今日空いてたりする?」
「夜なら空いてるよ」
「じゃあ、連絡するから夜会おうよ」
「わかった」
じゃあねとお互い手を振って背を向けたけれど、何から話せばいいのだろう。
名前と会うまでに時間はあるから、考えをまとめようと一旦家へと帰ることにした。
夜になると『仕事終わったよ』と名前からLINEが入っていて『駅で待ち合わせね』と送り返しておいた。
仙台駅に着けばもう名前はそこにいて、こえをかけようとしたら視線がこちらに向いて目があった。
「どこ行く?」
「徹、私に話あるんでしょ?昔帰りに寄ってた公園に行こう」
俺が何を伝えに来たのかもうわかっているような名前に胸が苦しくなる。
公園へと着けば「覚悟はできてるの」と名前は泣きそうな顔で俺の方を見た。
「帰化しようと思ってて、もう帰ってこないと思う」
告げた言葉は本当のことで、もう変えるつもりもないものだった。
「昔、期待させるようなことをしてたんだったらごめん。もう待たなくていい。名前は名前の幸せを見つけて」
本当は俺が幸せにしたかった。
ずっとずっと隣にいたかった。
いつか名前の隣に誰か他の男がいるなんて想像もしたくなかった。
けれど、バレーボールを選んだ以上俺には名前を幸せになんてできない。
アルゼンチンという遠い土地で暮らすことを決めたのは紛れもない俺で、それに誰かを付き合わせるなんてまっぴらごめんだった。
「もう待たない。徹も…徹の幸せを見つけてね。」
「でもごめん、最後に一回だけ抱きしめていい?」
「うん、いいよ」
初めて抱きしめた名前の身体は柔らかくて、きっと俺はこの感触を死ぬまで忘れないと思う。
名前の頬から伝う涙を見て、幸せになってくれと願わずにはいられなかった。
花言葉:長すぎた恋愛
お題:頬を伝う涙
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