ハルシャギク

夏も真っ盛りの8月の頭に、名字と一緒にかき氷を食べたことがある。

たまたまその日は部活が午前中で終わりで、昼飯もあまりの暑さに食う気にならずファミレスに行くという及川たちとは別れて一人駅までの道を歩いていると、誰かが「はーなーまーきー!」と後ろから大声で俺に体当たりを喰らわしてきた。

犯人は同じクラスの名字で、普段クラスでもふざけあったりする仲の女子だ。

しかしいくら疲れてるとはいえ俺も運動部。
体当たりをした名字の方がよろけて転んでいた。

「いったーい!」

あんまり痛くなさそうな顔でニコニコと笑いながら言う名字に「夏休みなのに学校って珍しくね?」と尋ねた。

「期末の補習受けてた!」

「珍しいな、名字が補習って」

「夏風邪拗らせちゃって勉強できなくてさ〜。苦手な古文が見事ボロボロ!」

「お前理系だもんな」

「ま、でも今日でそれもおしまいなの!刑期は満了したのです!」

ドヤ顔で言う名字はあまり頭が良さそうには見えないけれど、理数系の科目だけで言えば学年トップクラスのレベルだ。

テスト前は俺も勉強を教えてもらうことも多い。

「で、そんな出所したての名字が俺になんの用?」

「お祝いに奢るから駅前にできた新しいかき氷屋さん行きませんかってお誘い〜!」

カバンからチラシを出して見せてくれたのは先週オープンしたてのかき氷屋で、その辺で食える安いやつとは違い高級感あふれるふわふわのかき氷がチラシには載っている。

「スイーツ好きの花巻なら付き合ってくれますよね?」

ニヤニヤ笑う顔は俺が断らないことをよくわかっている。

「奢られなくても行ってやるよ」

「やったー!じゃあ今から行こ!」

飯は食えなくても甘いものなら大歓迎だ。


店に着いてメニューをみると“八月限定”の文字がデカデカと書いてあった。

「桃…桃かぁ…でも杏が食べたいっ…」

「杏はいつでも食えるだろ」

「だって花巻と来れたんだから美味かったねって想い出にしたいじゃん」

「なんだそれ、じゃあ俺が桃頼んでやるから名字は杏食えばいいじゃん」

「いいの!?」

「折角だから限定品も食べたいしな」

「ありがと〜!!花巻大好き!!」

さっきから可愛いことを言う名字に少し調子が狂うが、こいつが俺のことを何とも思ってないのはよく知っている。

いつも好きなのは俺ばっかなんだよなあ、と思わずこぼれそうになったため息をぐっと飲み込んで「はいはい、俺も好きですよ」と返した。

注文したかき氷は今まで見たことがないくらい白くてふわふわで、二人して感嘆の声が漏れた。

「美味しそうだね!」

「これはやばいわ」

写真を撮ってSNSにあげると目の前にいる名字から即いいねがついた。

「お前がいいねすんのかよ」

「花巻も私のいいねしてよ」

「匂わせか!」

「たしかに〜!」

「アホなこと言ってないで早く食おうぜ」

「一口ちょうだいよ」

「わかってるって」

かき氷は口の中で消えてなくなるような繊細さで、シロップは生のものを使用しているというだけあって甘くて美味しい。

「生きててよかった〜!」

「それなすぎるわ」

「花巻のも一口ちょーだい」

あーんと大きく口を開けて待つ名字に、思わずかたまると「ほら、早く」と急かされた。

「おいし〜!花巻もほら、あーん」

なんだこれ、恥ずかしすぎるだろ。
俺も口を開けて名字のスプーンから一口食べれば「間接チューだ!」と揶揄われた。

「おっま、そういうはしたないこと言うんじゃねーよ!」

「ウケる、花巻お母さんみたい」

「誰がお母さんだ!!」

あははと笑いながら続きを食べる名字にどこか違和感を覚える。
普段ふざけたりはするけれど、こういうふざけ方を名字はしなかったはずだ。

「ごちそうさま〜!」

あっという間に空になった器を前に手を合わせて「さ、帰ろ帰ろ」と名字が荷物をまとめだす。

「俺のいくらだっけ?」

「1050万円になりま〜す!」

「高えよアホ」

伝票で軽く頭を叩いてレジへと向かうと「待って待って、私の方はいくら?」と追いかけて聞いてくる。

「840万円でーす」

「ちょっと真似しないでよ!」

そう言いながら名字は財布から千円札を一枚俺に手渡した。

「お釣りねーんだけど」

「私が桃食べたいって言ったからいいの!」

「マジか。ゴチでーす」

「もっと崇め讃えてくれていいんだよ」

「わー、名字さん神様みたーい」

適当なことを言いながらお会計を済ませ外へ出ると、まだまだ暑い最中で太陽の眩しさに目が眩んだ。

「花巻JRだよね?途中まで一緒帰ろーよ」

「名字は市バスだっけ?」

「そ。だから途中まで」

暑いね、なんて言いながら前を歩く名字は「もっと一緒いたいなー」とこぼした。

さっきからずっと抱いている違和感は「お前、今日変じゃね?」と口にすれば、確信へと変わった。

「何が?」

「何がじゃなくて、なんか変だろ」

名字は「だってね」と諦めたように俺へと向き直った。

「私たちもう高三なんだよ。花巻と過ごす夏もこれでおしまいだから、花巻の高校の夏の思い出に私が少しでもいたらいいなって思って」

日差しが名字の後ろからさして、名字の顔が丁度影になり表情がよく見えない。

「花巻は気付いてないかもしれないけどさ、私花巻のことずっと好きなんだよね〜」

後ろ向きに歩きながら話していた名字が「花巻はどう?私のこと好き?」と手を差し出して聞く。
名字は、きっといつもの楽しそうな顔で笑っている。

「俺も名字のこと好き」

手を取りこちらへ引けば、やはり楽しそうにころころと笑った名字の顔が見えた。

「じゃあ、彼氏と彼女ってことでいい?」

「いいんじゃね?両想いなんだろ?」

「うん」

夏の蒸し暑さに、合わさった手のひらが少し汗ばむ。

名字と俺の帰り道が分かれる交差点まで
あと少しだけれど、この時間がずっと続けばいいと思った。



花言葉:夏の思い出


お題:まだ着くな、君と別れる交差点



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