08

四十九日もつつがなく終わり、納骨を終えた名字先輩は「私もそろそろ日常に戻ろうかな」と俺に言ってきた。

覚悟はできていたけれど、いざ言われると寂しいもので「もう帰っちゃうんですか?」と子どもみたいな返しをしてしまった。

「やだ、いっくん可愛いこと言わないでよ」

少し驚いた顔をした後、楽しそうにコロコロと笑った名字先輩は駅で見かけた時よりも本当に明るくなって、もう大丈夫なことがよくわかる。

「いっくんの家族には本当にお世話になっちゃったね」

「母さんたちは家族が増えたみたいで嬉しいって喜んでたんで、気にしないでください」

「仕事も再開しないとだし、やることが多いなあ」

「そういえば名字先輩ってお仕事どうしてたんですか?ずっと家にいましたけど…」

「やだ!私ニートだと思われてた!?」

「まあ…近しいのかなとは思ってました」

「やめてよ〜!私小説家なの」

名字先輩から言われた職業は意外で、思わず「自称…?」と聞けば「ちゃんと本出してます!」と頬を膨らまされた。

ペンネームを聞けば本屋で見たことのある名前で、俺も実際に何冊か読んだことがあった。

「お父さんが死んじゃってこの世に一人なんだなって思ったら筆が進まなくなっちゃってね、編集さんに少し休ませてくださいって頼んでたの。でももう大丈夫だからさ」

「先輩はあのマンションにずっと住んでたんですか?」

「ううん、母が亡くなってから父が家にいると思い出すって言って引っ越しちゃったからそんな長いこと住んでないよ」

「じゃあ、特に執着があるわけではないですね」

「まあ、そうなるね」

「マンションに残っているのは何ですか?」

「父の遺品と私の本かな?」

「先輩さえ良ければなんですけど」

「ん?なに?」

「俺と結婚してうちに住みませんか?」

俺の言葉にびっくりして声も出ない名字先輩に「先輩が家にいて、おかえりって言ってくれる環境をなくしたくないんですよね」と続け「どうですか?」と再度聞いてみた。

「結婚…?」

「先輩のことが好きなんです。離すのが惜しいので、このまま家に居てくれたらなって」

段々と状況が飲み込めてきた名字先輩の顔はみるみるうちに赤くなった。

「岩泉と及川に『娘さんを僕にください』ってやりましょうか?」

「そうじゃなくて!」

「先輩も俺のこと好いてくれてると思ったんですけど…ダメですか?」

「ダメじゃないけど!って、私が好きってなんで知って…!!」

「墓穴ですよ先輩」

わたわたと動揺する名字先輩が面白くて揶揄えば「いっくん!!」と名前を呼ばれて怒られた。

「俺の家族になってくれませんか?」

「その言い方は…ずるいよ…」

「返事いただけると嬉しいんですけど」

「喜んで!!」

俺に抱きついてきて名字先輩を抱き止め、額に優しくキスを落とすと先輩は嬉しそうに目を細めた。


及川と岩泉に本当に“娘さんをください”ってやらされたのはまた別のお話。



back