松川一静
『結婚が決まった?』
『待ってまっつん、彼女いたの…!?』
『めでてェな』
この間彼女へプロポーズをして、無事OKがもらえたのでオンライン飲み会で及川たちへ報告をした。
もう4人ともいる場所がバラバラで面と向かって会うことはほとんどない。
それでも三年間同じチームで過ごした時間は俺らにとってとても大事なもので、定期的にこうやって飲み会と称した近況報告をするのである。
彼女がいることは岩泉にも花巻にも報告してあったけれど、たまたまその時の飲み会に及川は参加できなかったので知らないでいた。
『聞いてないけど!?』
「ごめん、及川がいない時に報告してたんだった」
『別にいちいち言う必要もねェだろ』
『及川うるさいしな』
画面の向こうで悔しそうに地団駄を踏む及川に、これはその彼女が誰か教えたら絶句するかもしれないと思った。
「一静くん…あ、ごめん…飲み会今日だっけ」
ドアが開いて、後ろから名前がひょっこりと顔を出した。
飲み会の予定を伝えたのは結構前だし、どうやら忘れていたようだ。
「何、どうかしたの?」
多分カメラの角度から名前の顔は見えていないはず。
少し悪戯心が芽生えて、わざと名前の方へ向き話しかけた。
「あ、ううん。大した用じゃないの。邪魔しちゃってごめんね?」
『まっつん待ってよ!彼女紹介してよ!』
『あれ、及川お前知らないの?』
『声聞きゃわかるだろクソ川』
『突然の貶しに及川さんついていけないんですけど!!』
そのやりとりをみて名前は「やだ、一静くんこれわざとでしょ」とくすくすと笑った。
「伝えてなかったのは忘れてただけ。これはわざと」
『え、なんなの?』
『及川ドンマイ』
『知らなかったのお前だけだと思うけどな』
名前がこちらへと来て、パソコンに向かって「だーれだ」と楽しそうに話す。
『え…嘘…待って…まっつんまさか…』
声の主が誰だか気づいた及川の顔色は画面越しでもわかるくらいにどんどん青くなっていく。
「ふふ、徹はまさか私の声忘れたなんて言わないよね?」
カメラに顔をひょいと写せば、及川から悲痛そうな悲鳴があがった。
『名前ちゃん…!!!』
「お久しぶり」
『おー、顔見んのは久々だな』
『元気そうで何よりだわ』
『待って、いつから!?』
「高三の時からだよ」
『言ってよ!!』
ついに頭を抱え出した及川に、岩泉が追い討ちをかける。
『見てりゃ気づくだろ』
『帰りも一緒帰ってたしな』
『鈍感男の岩ちゃんに言われるのすごい癪!』
『はぁ?なんだとクソ川ボゲェ』
「部活も引退したし、部内恋愛にならないからいいかなと思ってさ」
正直、名前は及川のことが好きだと思っていたし、及川も名前のことが好きだと思っていたから高三の秋に告白された時は死ぬほど驚いた。
「名字って及川のこと好きなんじゃないの?」
「ええ?私松川くんに告白してるんだけど…」
「や、そうなんだけど」
「徹のことは好きだったよ?でもアルゼンチンまでついていこうって思えるほど好きじゃなかったの」
この子はいつ及川にその事実を告げられたんだろう。
振り切るまでに時間はかかったはずだ。
「松川くんのことはね、どこに行っても追いかけたいなって思うの。これが多分、愛してるって気持ちなんじゃないかな」
ふわりと笑いながらすごい言葉を俺へと向ける彼女に、心臓が大きく跳ねた。
「俺もずっと好きだったよ」
「嬉しいな。これからよろしくね、一静くん」
初めて名前を呼ばれたこの日、俺は名前のことを幸せにしようと思えた。
『クソ川引きずってるわけじゃねェだろうな』
『違うけど!ショックなのはショックだよ!』
『じゃあ松川の婚約祝いとクソ川の失恋に乾杯しよーぜ』
『いいな、それ。よし、カンパーイ!』
各々飲んでいた缶を上に掲げ、画面に近づける。
俺の横で笑う名前に「幸せ?」と聞くと「ずっと幸せだよ」と嬉しそうに微笑んでくれた。
『ちょっと!イチャイチャ禁止!』
『うるせェクソ川黙ってろ。祝い事だぞ』
「及川、名前のこともらっちゃってごめんね?」
『まっつんそれ微塵も思ってないでしょ!?』
「徹ごめんね?私、一静くんと幸せになるね…!」
『名前ちゃんも追い討ちかけないで!』
『言うて及川も彼女いるのにな』
「え、なにそれ聞きたい聞きたい!」
まだ、楽しい夜は始まったばかり。
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