及川徹
及川くんの視線の先にはいつも決まった女の子がいた。
男子バレー部のマネージャーで、小さい頃からの幼馴染らしい。
その子の視線の先にも及川くんがいたからきっと二人は両想いでいつか付き合うのだろうなとなんとなく思っていた。
でも、いつからか二人の視線は交じることがなくなった。
理由は知らないけれど、二人とも悲しそうな目をしていたからのっぴきならない理由があったんだと思う。
好き合っているのに結ばれないなんて、まるでロミオとジュリエットみたい。
理由がわかったのは高校3年生の秋、バレー部が烏野高校に敗北して3年生が引退した日だった。
「及川くんってアルゼンチン行くらしいよ」
噂だったけれど及川くんはそれを聞かれても否定しなかった。
多分あの子が及川くんを好きでいるのをやめたのは、このことを告げられたからなんだ。
じゃあ私は?
告白もしないで諦めるのだろうか。
それとも…それとも?
考えついた答えは実に単純だった。
私もアルゼンチンに行こう。
親には怒られるよりも呆れられたし、先生にはなんで今更進路変更するんだと頭を抱えられた。
でも、及川くんにとってのバレーがそれだけ大事なように、私にとっての及川くんのバレーも大事だったのだ。
私がこの高校に入って上手くいかなくて何もかもを諦めかけた時、彼のバレーに励まされた。
この先も及川くんに認識されなくても彼のバレーだけは近くで応援していたかった。
私の生きる糧だったんだ。
幸にして頭はいい方だったので向こうの大学へ受験をして、無事合格することができた。
先生にはかなり驚かれたけれど、受からないことには及川くんを応援できないんだから私だって必死にやったのだ。
そして今、念願かなって目の前で観戦できている。
勿論学業も疎かにするつもりはない。
このまま卒業して、きちんと資格をとってアルゼンチンで暮らすつもりだ。
今日も試合を見て、いつものようにいい気分で会場を後にしようとした。
「名字さん」
久しぶりに聞いた日本語に心臓が跳ねた。
だってこの声は及川くんのものだ。
「名字さん俺のこと大好きだね〜。高校の時から追いかけられてたのは知ってたけど普通アルゼンチンまでくる?」
バレていたとは思わなくて頭が真っ白になった。
高校時代はともかく、アルゼンチンで日本人なんて珍しいからなるべく目立たないように行動してたつもりだった。
「ひ、人違いでは…」
「日本語で返してるのにそれはないでしょ。そんなに俺のこと好き?」
呆れた口調で言われ、もう観戦もできなくなるのかと泣きたくなった。
そりゃ普通に考えたらただ高校が一緒だっただけの女子がこんなところまで追いかけてくるなんて気持ち悪すぎる。
だから絶対見つからないようにと過ごしてきたのに。
「ごめんなさい…」
謝ってどうにかなるものじゃないけれど、もうそれしか言葉にできなかった。
でも及川くんは、私の言葉に可笑しそうに笑ってくれた。
「違うよ。人のことを魅せるプレーができてるんだなって思ったし、一人だと思ってたのに名字さんがいたから勇気づけられたんだ」
「私も及川くんの役に立ってた?」
「勿論。いつも逃げるようにいなくなるから捕まえるの大変だったんだよ?」
「ご、ごめんなさい…?」
「でももう逃がさないから。覚悟してね名前ちゃん」
目を細めて口角を上げた及川くんに名前を呼ばれ、逃がさないなんて言われているのにドキドキした私は変なのだろうか。
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