岩泉一
松川の結婚式を明日に控えてかつてのバレー部のメンバーで集まれば、花巻はいつの間にか婚約してるし及川も向こうで会ったかつての同級生と付き合っていると言う。
何もねェのは俺だけで、各々幸せそうな顔をしているのを見て自然とため息が漏れた。
別に恋愛に興味がないわけでもないし、人並みに誰かを好きになったことだってある。
ただ、それよりも優先することがあったために結局実らず仕舞いだっただけで。
忘れもしない、大学時代の思い出だ。
ゼミで一緒になった子で、一目見た時から可愛いなと思った。
今まで周りにはいない大人しいタイプの女子。
名前は名字名前。
それでも誰かに流されることは絶対にない、芯のある子だった。
気になり始めたのは飲み会がきっかけで、先輩に無理やり飲まされていた女子を名字が助けていたのを見た。
「先輩、人には飲むペースというものがあります。ご自身が飲みたいのであればどうぞご勝手に。でもこの子にこれ以上飲ませるようであれば私がお相手になりますよ」
丁寧に言っているけれど、顔は般若のようで遠くで見ていた俺も思わず肝が冷えた。
その先輩的には名字も潰せればいいと思ったのだろう。
飲み比べだなんて言って今度は名字と飲み始めた。
流石にその先輩の行動は目に余るものがあったので、助けようと立ち上がろうとしたら名字に視線で大丈夫だと伝えられた。
とはいえ何かあってからじゃ遅いので席を移動して近くで様子を伺っていたら、なんとケロリとした顔で名字の方が先輩を潰したのだ。
「岩泉くん、ありがとうございます」
潰し終えた後名字は俺の方へと移動して、更に酒を追加で頼んだ。
「お前まだ飲めんのかよ…」
「ザルを通り越してワクだと言われるくらいには飲めるのですよ」
「格好いいな」
素直な感想だった。
こんな可愛い見た目をしているのに中身は男前だなんて、ギャップがすごい。
「見た目で舐められることが多いのが難点なんですけどね」
「まあ、名字可愛いもんな」
「え」
急に動きが止まった名字を不思議に思って見たら、顔が真っ赤に染まっていた。
「アルコール回ったか?」
心配して覗き込んだのに「岩泉くんは天然なんですかね!?」とキレられたのはマジで納得がいかない。
そこからよく話すようになって、卒業を控える頃にはお互い好き合っていたと思う。
でも、卒業後はアメリカへと行くつもりだったのもあって結局告白はしなかった。
もう彼氏がいるかもしれないし、もしかしたら結婚だってしてるかもしれない。
それくらい長い期間名字とは連絡すら取っていなかった。
「…おいよいよいよい。こんなことあっかよ???」
松川の結婚式に来てみれば、配られた席次表に新婦側の列席者として名字の名前があった。
しかも席は俺の後ろ。
苗字が変わっていないところを見ると、結婚はしていないらしい。
いや、そんなこと思ったところで向こうは俺のことを覚えていないかもしれないのだけれど。
「あ、岩泉くん!名前が載ってたからまさかと思いましたけど本当に岩泉くんだったんですね」
ところが名字は会場に入るや否や友だちそっちのけで俺のところへ手を振り駆け寄って来た。
「まさか他人の結婚式で岩泉くんと会えるとは思わなかったです」
「俺も驚いたわ」
「ですよね?あ、これって運命ってやつだと思いません?」
「は!?」
「私大学4年の時に岩泉くんが告白もしないで海外に行きやがったこと未だに根に持ってるんですよ〜」
ニコニコと笑ってるはずなのに、威圧感がすごい。
「まさか彼女作ったなんて言いませんよね?受付やってるくらいだから結婚はしてないと思いますけど」
「いねえ、けど…」
「あ、じゃあ問題ないですね。何か私に伝えたいことあるんじゃないですか?」
名字がこういう人を責めるような言い方をするのはものすごく珍しい。
珍しいが故に伝わる怒りに、格好悪ィなと己を恥じた。
「ずっと好きだったし、今も好きだ」
「ふふ、嬉しいですね」
「遅くなって悪かった」
「結果良ければ全て良しですよ」
楽しそうに笑う名字を見て、俺はこいつに一生敵わないんだろうなと思った。
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