19

教室のドアを勢いよく開けて入ってきたのは治先輩だった。

たった何日か顔を見なかっただけなのに、胸がギュッと締め付けられる。

「名字さん」

治先輩の声が心地いい。
苗字を呼ばれただけなのに嬉しさが胸の中いっぱいに広がる。

泣いたらだめだ、そう思ったのに感情は自分の理性を遥かに上回っていて、両方の目からボロボロと大粒の涙が溢れた。

「すまん…」

苦しそうに眉を顰める治先輩は、きっと自分を責めたのだろう。
桜井くんが来ないで治先輩が来たんだから、誤解は多分解けたのだ。

「謝らないでください。誤解させたのは私の方です」

「でも!噂なんぞに流されんで本人に聞けばよかった話や!」

「いいんです。こうして来てくれたことが嬉しいですから」

「伝えてへんのが悪かったんや。名字さんの優しさに甘え過ぎとった」

あ、抱きしめられる。

そう思った時には治先輩の腕の中にいて、治先輩の体温が私の身体へと伝わる。
抱きしめてくれた治先輩の身体は少しだけ震えていて、先輩も不安だったのだと思わされた。

「大丈夫です、私の気持ちは変わりません」

「それでもや。ちゃんと言葉にせんと不安になることもあるんやってわかった」

耳元で、治先輩の声が響いた。

「好きや」

ありったけの感情を込められた一言に心が震えた。

「私も…好きです…」

言葉にされるのがこれほどまでに嬉しいとは思わなかった。
お互いが好きだとわかっているだけじゃダメだったんだ。

「お菓子、作ってきとるって聞いた。全部俺に食わして」

「治先輩のですから、どうぞ」

「でもその前に」

抱きしめた腕を解き少し身体を離した後、治先輩の顔が座っている私の顔へと近づいた。

触れるだけの優しいキスをして、今度は深くて甘いのを脳が蕩けるまで。

お互いがお互いを求め合うように絡めた舌は私の思考をあっという間に持っていった。

しばらくしてどちらからともなく唇を離すと、治先輩はもう一度優しく抱きしめてくれた。



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