09

俺らが小学校の頃、近所には仲のいい女の子が住んでいた。

小学校のクラスは違ったが、親同士の仲が良くて放課後や休日によく一緒になって遊んだ。

その子は俺にとってもツムにとっても初恋だった。

ころころ変わる表情、花が綻んだように笑う顔、そして何よりもその子は俺らのことを絶対に間違えなかった。

幼いながらにこの子の一番になりたいと思ったのを今でも覚えている。

でもその子の視線の先にいたのは俺じゃなくてツムだった。

ツムはその子が俺のことを好きだったと今でも勘違いしてるけど、好きな子の視線が誰に向いていたかなんて俺が一番よくわかってる。

事件が起こったのは学年が一つ上になってすぐの4月だった。

放課後に景色のいい丘まで三人で行って、ツムが上の方が綺麗に見えると木に登ったのだ。

当然その子も登りたがって、運動が苦手な彼女が登るのは危ないのは明白だったのに、侑くんだけズルいと言われてしまい手伝いながら上へと登った。

しばらく二人は綺麗だねなんて言いながら景色を眺めたりしていたけれど、たまたま飛んできた虫にびっくりしてその子がバランスを崩した。

ツムが手を伸ばしたけれど間に合わなくて、その子は木の上から地面へと落下したのだ。

俺は俺で二人の邪魔はしたらいけないかと思って、木から少し離れたところにいたのが悪かった。

その子が落ちてくるほんの数秒がスローモーションのように感じた。

間に合え。

足を懸命に動かしたけれど伸ばした手は空を切り、その子に届くことはなかった。

落ちたその子は意識がなくて、その場をツムに任せて俺は両親のもとへと駆けた。

救急車のサイレンがけたたましく鳴り響いて、俺らはその子のお母さんが青い顔をして救急車へと乗って行ったのを見送ることしか出来なかった。

その子のお母さんは救急車に乗る前に「事故はあなたたちのせいじゃない。自分を責めないで」と抱きしめてくれたけれど、その言葉は俺らには届かなかった。

そこからはどうやって帰ったか覚えていない。

しばらくするとその子が病室で目を覚ましてみんなで両手をあげて喜んだのに、俺らの顔を見た瞬間「誰?同じ顔なのね」と呟いて困った顔をしたのを見て、喜びは一瞬にして絶望へと変わった。

その子は俺らの名前はおろか両親のことすらも覚えていなくて、主治医の先生から「頭をぶつけたので一時的に記憶がなくなっているのかもしれません」と告げられた。

一時的がどれくらいの期間なのかわからなかったけれど、俺らのせいでその子の記憶がなくなったのは事実で、子どもだった俺たちはその子とその子の両親に対してごめんなさいと泣いて謝ることしかできなかった。

退院後もその子の記憶が戻ることはなくて、それを不憫に思った向こうのご両親が引っ越しを決意するまでにそう時間はかからなかった。

引越しする時も俺らのことをとても気にしてくれて「今は忘れていても何かの拍子で思い出すことはあるってお医者様はおっしゃっていたよ」と励ましてくれた。

「また会う時は、仲良くしてやってね」

その子が引っ越す先は子どもである俺らにとってはとても遠いところで、もう二度と会えないのかもしれないということは幼い俺らでも理解できた。

ツムは俺からその子を奪ってしまったとずっと思っていて、今でも罪悪感を抱いている。



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