12
落ちる私を受け止めてくれたのは治くんだった。
「ちゃんと一段一段踏まなアカンやろ…」
ため息と共に吐き出された嘆きにぐうの音もでなくて「ごめんなさい」と謝ったら、治くんは眉を下げて優しくぎゅっと抱きしめてくれた。
顔を上げれば侑くんが悲しそうな顔をしていて、お店で聞いた話が思い出される。
『ツムはその子が俺のことを好きだったと今でも勘違いしてる』
侑くんは私が治くんのことを好きだと思っていたのか。
私が見ていたのはずっと侑くんなのに。
「治くん、ありがとな」
治くんは少しキョトンとした顔をして、私の言葉の意味を理解すると腕を解いて背中を軽く押してくれた。
「侑くん」
久々に呼んだのに不思議なほど馴染むその名前は、忘れていたのが信じられないくらい私の中で大切なものだった。
名前を呼ばれた侑くんは泣きそうなのを必死に堪えてる顔をしていて、身体は大きくなったのに変わらない中身に思わず笑みが溢れた。
今度はしっかりと階段を踏んで侑くんの元へと駆ける。
「忘れててごめん」
ずっと口に馴染んでた標準語も、今となってはどこか違和感を覚える。
「思い出したんか?」
「うん、侑くんのこと好きだったことも全部思い出した」
「名前が好きやったのはサムやろ?」
「違うよ。侑くんだよ」
「…ほんまに?」
頷く代わりに侑くんの胸元へと飛び込み、力いっぱい抱きしめて伝えると、侑くんは「嘘みたいや」とすごく小さな声で呟いた。
「ねえ、私が引っ越してから今までの話聞いてもいい?」
「せやな、今日だけで足りるかわからへんけどな」
侑くんは後ろにいる治くんへと視線をうつし、二人が全く同じ表情で笑ったのを見て私まで嬉しくなった。
離れていた時間は長いけれど、きっとそんなの気にならないくらいに昔みたいに話せると思う。
あの時と少し違うのは、私と侑くんの関係だけ。
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