06
部活も終わり家に帰ってシャワーを浴びると、脱衣所に用意していた服がなくなっていて代わりに浴衣が置かれていた。
思わず「服は!?」と叫んだら向こうのほうからオカンが「お祭り行くなら浴衣着て行くやろ」と返してきた。
去年とは違う色柄のもので、背の高くなった俺らにわざわざ用意してくれたのだと思うとありがたい。
浴衣を着て袂に財布とスマホを入れ、名字さんの言っていた神社へと向かった。
『そろそろ着くで』
『鳥居の中にいるよ』
大きな鳥居の前に着くと、狐のお面を付けた女の子がこちらに手を振っていた。
「名字さん?」
「あ、お面つけてるとわからへんか」
名字さんはお面を取ると、少し背伸びをして俺へとそれを被せ「治くんも仲間やね」と楽しそうに笑ってみせた。
「それ、外したらあかんよ」
「え、なんで?」
「そういうお約束や」
名字さんは俺の手を引っ張って鳥居の中へ招き入れると「目瞑ってや」と言い、参道とは別の方へと走って行った。
走った感覚は石畳の上ではなく草むらの中で、一体どこへ向かっているのか検討もつかなかった。
しばらく走ると名字さんは急に止まり「目開いてええよ」と声をかけてくれた。
目を開くと辺りは薄暗くて、提灯の灯りだけがぼんやりと光っている。
周りを走っているのは子どもだけで、大人の姿は見当たらない。
そして異様なのは、皆が皆何かしらのお面を付けているのである。
「私の治くんにあげてもうたから、買ってくるから少し待っとってね」
そういうと名字さんは近くの屋台へと走り、俺とは色違いの狐のお面を買って顔へとつけた。
「さ、何食べようか」
「お参りはせんでええの?」
「治くんが神社から帰る時にしてくれればええよ」
そんな適当なと思ったけれど近くには社も見当たらないし、この神社に住んでる名字さんが言うのだからそれに従うことにした。
出店は風変わりのものが多くて、売っているものもよくみかける幼児向けアニメのものとかはなくて、どこか普段と違っているように思えた。
試しに近くの屋台でくじを引いてみれば「お、兄ちゃんええの当たったなあ」とおっちゃんから二つの石を手渡された。
「これなんなんですか」
「渡した人とまた会えるようになる石やで。どんなに離れても石同士が惹かれあってくれんのや」
パワーストーンみたいなものなのだろうか。
よくわからないけれどキラキラと光るそれはとても綺麗だったので片方を名字さんの手に握らせた。
「私がもらってもええの?」
「連れてきてくれたお礼やな。銀色に輝いとるの名字さんみたいでええやん」
「ありがとう、大事にするね」
そう言うと渡した石を宝物のように胸の前で握り、大切そうに袋へとしまった。
それからは屋台で食べ物を買ったり射的をしたりと楽しんだけれど、真ん中の大きな櫓で踊りが始まると名字さんは「あ、もうそんな時間か」と言って俺に「治くん、帰る時間や」と告げた。
「今日見たことは他の人に話したりしたらアカンよ。侑くんでもや」
約束やで、と小指を差し出されたので俺の小指を絡めればあたりに強い風が吹いた。
気づけば最初に待ち合わせた鳥居のところにいて、名字さんは俺のお面を外すと「また夏休み明けに学校で会おうな」と笑ってくれた。
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