07
夏休みも明けるとすぐ文化祭の準備に入り、校内は賑わいをみせていた。
俺のクラスは和装カフェをやることになり、当日は女の子が着物と袴で接客することが決まっている。
ついでに動物の耳がついたカチューシャもつけるみたいで、男連中が隠れてガッツポーズをしているのを見た。
当初は俺らも着物を着る予定だったけれど、流石に持っている人が少なかったので浴衣へと変更された。
ちなみに女子の着物は穿いて捨てるほどあるという名字さんに用意してもらう予定だ。
準備も順調に進み後は当日を待つだけとなった文化祭前日の放課後、それは起きた。
買い出しに行っていた男女2人が戻らないのだ。
そんな遠くまで行ったわけでもないし、正門まで帰ってきているのは教室の窓から見た。
最初は仲の良い2人だったからどこかでよろしくやっているのではと揶揄っていたが、待てど暮らせど戻ってこない。
そんな時、誰かがポロリと溢したのは稲荷崎高校に伝わる噂話だった。
“文化祭の準備をしていると人が消える”
消えた本人たちはいつの間にか家に帰ったことになっていて誰も気づかないのだが、消えたことに気づくと探して見つかるまで戻れないという。
「探さなきゃ」
立ち上がったのは名字さんだった。
普段はそんな噂話を笑って聞いているのに、今日ばかりは顔色が真っ青だ。
あっという間に教室を飛び出した名字さんの後を追いかけると、資料室の前でピタリと止まり「いた」と小さく呟いた。
名字さんが資料室の扉を開き一人中に入ろうとしたのを見て慌ててその後を追うと、俺が入った途端誰もいないはずの廊下から子どもの声がして扉がピシャリとひとりでに閉まった。
「名字さん…?」
先に入ったはずの名字さんは教室にはいなくて、異様なまでに冷たい室温に身体の震えが止まらなかった。
教室自体がぐにゃりと歪んだ気がした。
立っていられなくてしゃがみ込むと「治くん、大丈夫だから」と名字さんの声が聞こえて腕をぐいと引っ張られた。
教室内は狭いはずなのに走っても端にはぶつからず、まるで長い廊下を走っているかのようだった。
しばらく走ると視界が開けて、資料室の前の廊下へと出た。
「あんまり私といると引っ張られてまうよ」
困った顔をして俺を見上げる名字さんはどこか悲しそうで、その瞳に引き寄せられるように顔を近づけ名字さんの唇へ触れるだけのキスを落とした。
「幸せになんてなれへんのに」
そう呟いた名字さんは、泣きながら俺へと抱きついてきた。
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