ケーププリムローズ
「堅治、今度の金曜に会社の飲み会あるんだけど行ってもいい?」
「…別に俺に断る必要ないだろ」
私の顔も見ずに手元のスマホをいじりながらそういう堅治に思わずため息がでる。
付き合って何年にもなるけれど、堅治が私のことを好きなのか年々よくわからなくなってくる。
好きと言われることもなければデートに行っても楽しそうな様子は全く見せない。
一応別れ話はでてこないから彼氏と彼女なんだろうけれど、私が別れてって言ったらすぐにでも関係が終わりそうな気がする。
このまま付き合っていても結婚のけの字も出てこなさそうだし、いい加減私だけが好きなこの不毛な関係に終止符を打った方がいいのかもしれない。
「じゃあ金曜は夜ご飯別でよろしくね」
「ん」
そして金曜日、堅治の態度に腹が立ちいつもよりも少し気合の入ったメイクと服装で飲み会に臨めば、それに気づいた営業の高橋さんが褒めてくれた。
「名字さん今日いつもよりも可愛いね」
「え、本当ですか〜?」
「ホントホント。いつも可愛いけど今日はより可愛い!」
堅治もこれくらい褒めてくれればなあ、なんて思っても仕方ないのだけれど。
「名字さん彼氏いるんだっけ?」
「一応いますよ〜」
「あ、その言い方だと上手くいってないんでしょ」
「やー…どうなんですかねえ」
「なになに、俺に話してみてよ」
流石営業、人の話を聞くのが上手い。
付き合った経緯から今までの話をざっくりと話せば高橋さんは少し考えた素振りを見せた後「俺が協力してあげるよ!」と口にした。
「とりあえずスマホ貸して。あ、彼氏どれ?」
私のスマホを奪うと堅治の番号へと電話をかけ、私に静かにするように指を口に当てた。
「あ、もしもし?名字さんのご友人ですか?」
『…彼氏ですけど。これ名前の番号ですよね?』
「やー、名字さん酔っちゃってフラフラなんで迎えに来れたりしませんかね?」
『場所、どこですか』
意外にも堅治は迎えに来てくれるようで、場所を聞くなりすぐ電話を切った。
「名字さんこれは愛されてるよ。大丈夫大丈夫」
ニヤニヤしながら言う高橋さんに、今の会話のどこが愛されているのか聞けば「来れば分かると思うよ」と楽しそうに笑われた。
20分くらい経った頃だろうか。
私のスマホが震え、堅治からの着信を知らせた。
「あ、待って。俺が出るから」
出ようとする私を手で制し、再び私のスマホを手にして高橋さんは電話へと出た。
「もしもし、彼氏さんですか?」
『着いたんで出てきてもらっていいっスか』
「今出るんでちょっと待っててくださいね〜」
通話を切ると高橋さんは「酔ったふりして俺に寄りかかってね」と指示をして、私の肩を支えてくれた。
「これ、バレた時怒られるの私なんじゃ…」
「大丈夫大丈夫!」
何が大丈夫なのかわからないままとりあえず高橋さんの指示通り酔ったフリをして店の扉をくぐれば、今までに見たことがないくらい不機嫌な堅治が店の目の前にいた。
「名前がご迷惑おかけしました」
決してそんなことは思っていないようなぶっきらぼうな口調で高橋さんにそう言って、半ば奪い去るように私のことを自分の方へと寄せた。
「独占欲すごいんだ?」
「…彼氏なんで」
「だってよ、名字さん愛されてんじゃん」
私の方へと目線を移しそう言った高橋さんは「おじゃま虫は去りますかね」と手を振り店内へと戻っていった。
「…名前酔ってたんじゃねーの?」
「酔ってたような酔ってないような…」
怒られるかな、そう思い目を瞑った時だった。
「あんま心配させんなよ」
降ってきた言葉は意外にも私を気にかけるもので、しかも言った本人は照れているのか顔を赤らめそっぽを向いている。
高橋さんの言っていた『愛されてんじゃん』はこれか。
私が気づいていなかっただけだったのか。
「ってかアイツ誰。距離近すぎじゃね」
「高橋さん、すごい愛妻家だって社内で有名だよ」
「…謀られたのかよ」
「ごめん、私が相談したから…」
「次からちゃんと俺に言えよ」
私の頭をポンと叩きそう言った堅治は少しだけ拗ねたような顔をしていて、もう心配する必要もないことは明白だった。
「週が明けたら高橋さんにお礼言わないと」
「向こうが勝手にやったことだろ」
「…妬いてんの?」
「…別に」
「私が好きなのは堅治だけだよ」
「あっそ」
言葉こそ冷たいけれど私の言葉に嬉しそうに笑った堅治を見て、案外可愛いところがあるのだなと思った。
花言葉:真実
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