タムラソウ

「侑、治。お前らここに喧嘩しにきたんか?」

ニコリともしないで言われた言葉は、喧嘩で熱した俺らの頭を一瞬で冷やした。

「「すいませんでした…」」

「わかったならええねん。早よ準備しいや」

淡々と部活の準備を進める北さんは、少しの隙も見せなくて俺ら2年生の間ではロボットなんちゃうかとまことしやかに噂されている。

「ロボットといえば、生徒会長の名字先輩も北さん系だよね」

思い出したかのように角名がそう言い出し、サムも「あの鉄仮面な!」とそれに同調した。

「なんで角名もサムも生徒会長のこと知っとるん?」

「生徒集会とかで生徒会の報告とかしとるやん」

「むしろなんで侑は知らないの」

「寝とるからやろ」

俺の隣で銀が呆れたようにそう言えば、2人は「ああ…」と冷たい目で俺の方を見てきた。

「あんなクソ眠い話起きてられるわけないやろ!」

生徒集会といえば校長の長い話に始まり、全く興味のない話を延々と話されるのだ。
寧ろ起きて聞いてる人の方が珍しいと思う。

「で、その生徒会長がなんなん?」

「北さんを女の子にしたようなミス・パーフェクトって話」

「美人なのも相まってほんま近寄り難い」

「あ、ほら噂をすればあそこにおるで」

サムの指がさした方を見れば、背の高い美人が体育館の前を颯爽と通り過ぎた。

一瞬しか見えなかったけれど、ピンと伸びた背筋、鉄仮面と言われるのも納得の無表情。
制服も第一ボタンまでキッチリしめてスカートは膝下とくれば俺とは相いれないタイプの人間なのは明白だった。

「でも笑った顔が見たいって密かにファンクラブがあったりもするんだよね」

「わかる気もするけどあの人笑ったりなんてするんか?」

「見たことないなあ」

「お前ら無駄口叩いてないでちゃんと手を動かさんか」

いつの間にか後ろにいた北さんからのお叱りに、俺らは今度こそ準備をしに体育館の倉庫へと向かった。


部活後、明日提出の宿題を忘れてきたことに気づいて教室へと戻ると、3年生の教室の一つにまだ明かりが灯っているのを見つけた。

遊びで残っていたにしてはもう遅い時間だし、話し声もしないので不思議に思って覗くと、名字先輩が自席と思われる場所に座っていた。

何してるんやろ。

こんな時間に一人教室でやらなきゃいけないことなんてないだろう。
もしかして、人に言えないことをしている?
それこそミス・パーフェクトと言われる彼女の弱味でも握れるのではないか。

ちょっとした悪戯心と、ほんの少しの好奇心。

静かに覗いた先には、鏡と睨めっこをしている名字先輩がいた。

俺が覗いてるにも関わらず視線は鏡に向いていて、全くこちらに気づきもしない。

眉間にシワを寄せながら口を横に開き時折指で目を引っ張っているのを見て、もしやと思った。

本人はあれで笑ってるつもりなんか…?

よくよく見れば、口角は上がっているし目尻も下がっているように思う。
でも、その顔はとてもじゃないけれど笑っているようには見えなくて『ミス・パーフェクト』と呼ばれる彼女の必死な様子に我慢できなかった。

俺の口から漏れた笑い声に気づいた名字先輩は、顔を真っ赤にして口をパクパクとさせ勢いよく立ち上がった。

「2年の宮侑くん!!今の見てた!?」

「先輩、今の笑ってたつもりですか?」

「見てたんやね!?ああ、もう…最悪や…」

みるみるうちに項垂れる名字先輩に、やはり先程のは笑顔の練習だったのだと確信するが、脳裏に焼きついた顔が面白すぎて笑いが止まらない。

「お願い、誰にも言わんとって」

鉄仮面なんて誰が言ったのだろうか。
目の前にいる名字先輩は唇を尖らせてムスッとした表情をしているし、先程も顔を真っ赤にしていた。

「もしかして、普段一生懸命無表情つらぬいてはるとか…?」

「そんなことは…!」

「ない?」

「…とは言い切れへんけど」

「フッフ、そこは素直なんですか」

「内緒にしてくれる?」

「ええですよ、二人の秘密です」

この可愛らしい先輩を誰にも見せたくなくて、下心満載の約束をした。

そんなことにも気づかないで喜ぶ名字先輩をみて、どうやってこれからこの人を落とそうかと舌舐めずりをしたのは俺だけの秘密や。


花言葉:秘密



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