チューリップ

今日は今月最後の金曜日、世間ではプレミアムフライデーである。
特に何かあるわけでもないのだが、ここしばらく頑張っていた案件が片付き気持ちに余裕もできたので今日くらいはパーっと飲むかと決め、繁華街へと足を伸ばした。

一人で飲める大衆居酒屋へ行き、焼き鳥とビールを頼んで飲む。
程よく酔ってきたところでそろそろ帰ろうかなとお会計をした。

店を出ると、花金の少し遅い時間に一人だったのがいけなかったのか、酔っ払ってるサラリーマン二人組に絡まれた。

「お姉さん一人〜?もしよかったら俺らと飲みませんかあ?」

酔いが覚めたら絶対後悔するぞというような飲み方をしたのが見てわかる。
ニヤニヤして私の行く手を阻み、お断りしてもしつこく絡んでくる。
終いには逃げられないように肩に手を回してきた。

周りの人たちはよくある酔っ払いだと見て見ぬふり。
さて、どうやって逃げようかと困っていたら肩に回っていた手を急に誰かが払い、そのまま私を引っ張って後ろから抱きつかれた。

助けてくれたであろう人が「お兄さんたち誰?俺の彼女に手出すのやめてくれへん?」と低い声で喋り、その圧に驚いた二人組はすごすごと逃げていった。

いなくなったのを見計らって後ろを振り向き「助かりました、ありがとうございます」とお礼を言う。
「ええよ。お姉さんも大変やったなあ」とこちらに気を遣ってくれて、なんて優しい人なんだと顔を見た。

正直びっくりした。
元稲荷崎高校バレー部、現MSBY BJのセッター宮侑が目の前にいたのである。

侑くんは私が高校の頃の同級生である。
私は彼みたいな華やかさはなく、大人しいグループにいたので多分認識はされていないと思う。

多分稲荷崎の女の子なら一回はバレー部の男の子に憧れもしくは恋心を抱いたことがあるのではないだろうか。
私もそれに漏れず、侑くんに淡い恋心を抱いていた。
彼のバレーをする姿がとても眩しく、友人と体育館へ通ってはその姿に胸をギュッと締め付けられたものである。

私が何も言わないものだから、侑くんが「ん?どしたん?」と私の顔を覗きこんだ。

卒業してから全然見てなくて、そんな恋心があったこともすっかり忘れていたけれど、彼の顔をみて急にあの頃の気持ちがぶり返した。

多分真っ赤になっていたであろう私の顔を見て
「お?格好いいからって惚れたらアカンよ〜」なんて冗談を言ってくれた侑くんはあの頃より少し大人しい喋り方をしていて、より精悍な顔立ちになっていた。

その声に現実に引き戻され「すみません、本当に助かりました」ともう一度お礼を言い、お辞儀をして去ろうとしたら「ほんま大丈夫?」と心配してくれ「お姉さんまだ飲むつもりやったら付き合うてくれん?」と誘われた。

今ナンパされてた私に何を言うんだと思って顔を見れば「美味しいおにぎり屋さんあるから一緒行こうや〜」とニコニコ笑って手を引かれた。

「あ、ナンパとちゃうから安心してな〜」なんていうけど、私は侑くんだって知ってるけど知らない人からしたらこれはただのナンパでは?と思った。

まだ食べたりないのもあるし、なにより久々に見た侑くんと離れるのは少し惜しかったので「〆のおにぎりも悪くないですね」と言い手を引かれるまま歩いた。

少し歩くと「おにぎり宮」と書かれた暖簾が下がっている店についた。
あ、これ多分治くんのお店だ。
治くんとは2年間クラスが一緒で、侑くんより少し穏やかな彼とは何回か話したこともあるし、同じ委員だったこともある。

流石に治くんは気づくのではと思うが、侑くんがそのまま暖簾をくぐったので仕方なくそれに倣う。

「いらっしゃいませ〜…なんやツムか」

「なんやてなんや!今日はお客さんも連れてきたで〜」

侑くんがそう言うと、治くんは侑くんの後ろにいた私へと目をやる。
お互い視線を合わせて少しすると、治くんは眠たそうな目を見開いて「え」と声を出した。

侑くんの後ろで口に指をあて「内緒にしてや」と合図を送ると、元の眠そうな目に戻り「お席へどうぞ〜」と案内してくれた。

「びっくりしたやろ、ここ俺の双子の片割れがやってるお店なんよ」そう侑くんがいい、知ってますと思いながら「そっくりですね〜、びっくりしました」なんて適当な相槌を打つ。

侑くんのオススメはネギトロだというので、ネギトロともう一つピリ辛きゅうりを頼む。
「ビールは飲む?」と聞かれたので頷くと「サム!生二つ!」と注文してくれた。

侑くんは自分がプロバレーボール選手なことを私に教えてくれて、「ここの店にはよく顔を出すからまたきたってな〜」なんてちゃっかり宣伝していた。

なんだかんだで仲がいいんだよなあと思わず笑ってしまうと「え、今おもろいとこあった!?」と不思議な顔をされた。

だされた治くんのおにぎりは美味しくて思わず「美味し〜」と言えば嬉しそうに「せやろせやろ〜」と笑ってくれた。

ビールも空になり、お腹も満たされたので「そろそろ帰りますね、美味しいお店教えてくださってありがとうございます」と侑くんに伝え、荷物を手に持ち会計をお願いする。

「今日は俺の奢りでええよ!無理に連れてきてしまったしな!」と言われ、治くんの方をチラッと見れば何も言わず頷いていたのでお言葉に甘えることにした。

「危ないから駅まで送ってくわ」と言ってくれ、先程のこともあったので素直にお願いする。

駅に着いて「気をつけて帰るんやで」と手を振られ「色々ありがとうございました」とお礼を言い改札に入ると「ほなまたな、名字さん」と今日決して教えていない私の名字を口にした。

びっくりして振り返ったが、そこに侑くんはもういなくてただ電車へと向かう人たちの話す声だけが響いていた。


花言葉:恋の宣言



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