ナスタチウム


今日は本当に散々な目にあった。

再来週までに仕上げればいいと言われていたものが急遽明日上司にプレゼンする羽目になって、今やっているものを一旦全部止めてそちらにかかりっきりになった。

それだけでも目が回るかと思ったのに営業の人が明日までに必要だからと定時直前に資料の作成をお願いしてきた。

その会社とは先週会っていたはずだからもっと前に言えただろという文句が喉からでかかったけれど、私の怒りを察した先輩が間に入ってくれてなんとかキレずにすんだ。

毎度毎度ギリギリになって資料作れとかアホなのか?
しかも前日の午前中ならまだしも定時直前。
絶対忘れてたとしか思えない。

怒りに任せて作った資料を保存してさて帰るかと思ったところで、残っていた後輩が申し訳なさそうに「すみません」と謝ってきて、なにかと思えばもう刷ってしまった資料にミスがあるという。

上司には確認不足だと怒られて、本当に泣きたくなった。
それを確認してたのは私じゃなくて昨日のお前だよ!!

ここまで不幸が重なるともう呪われているとしか思えない。
今日は帰ったらリアタイで見たいドラマもあったというのに。

後輩には先に帰らせてなんとか全部の仕事を終えたけれど、時間を見たらもう10時も近い。

こんな日は飲まないとやってられないといつもいく居酒屋へと向かったのに「本日臨時休業」の紙がドアにかかっていて膝から崩れ落ちた。

この際どこでもいいやと目に入ったお店に入ると、入った瞬間お米のいい香りが鼻をくすぐった。

店主さんのおすすめで三個ほどおにぎりを頼むと、ほかほかでみるからに食欲をそそるものがでてきた。

おにぎりを頬張ると今までの怒りがどこかへ飛ぶのを感じる。
やはり怒りは空腹からくるのだ。
美味しいって素晴らしい。

ついでに頼んだ豚汁を口に含んだら、自分が思っていたよりも限界だったらしい。

どこか懐かしい味にボロボロと涙が溢れた。

店主さんがギョッとしたのか私の方を勢いよく見たのをみて、心の中でごめんなさいと謝った。
あなたのご飯が美味しいから張り詰めていた気持ちが緩んだんです。

止めようにも止まらない涙を一生懸命拭いていたら、店主さんがそっと私の前にプリンを置いてくれた。

「え、あのこれ…」

「甘いもんは元気の源やで」

店主さんは「元気でるとええな」と優しく声をかけてくれて少し落ち着きを見せそうだった涙が追加で流れた。

渡されたプリンを食べていたら、店主さんも暇なのか話しかけてくれた。
うっ、気を遣わせてしまっていたら申し訳ない。

「お姉さん、うちは初めてやんな?」

「そうですね…」

「これ、今日はもう店仕舞いやから持って帰って明日の朝にでも食べてや」

渡されたのはお持ち帰り用に包まれたおにぎりだった。

「え、あの、プリンまでいただいたのに申し訳ないです!」

「次またきてくれたらええねん。お姉さんかわええからサービスやな」

こんなボロボロに泣いて化粧も落ちてるだろう私に優しくしてくれるなんて。

「じゃあお言葉に甘えて…」

「今度は笑った顔見せに来てな」

プリンも食べ終えてお会計を済ませると、店主さんはお店の外まで出て見送ってくれた。
帽子を外して手を振るその顔を見て、心底驚いた。

「治くんやん!!!」

「やっと気づいたん?」

「言ってよ!!」

「いつ気づくかなって思っとったんやけど全然気づかへんから」

久しぶりに会ったクラスメイトにボロ泣きの現場を見られるとか恥ずかしすぎる。
しかもかつての片想いの相手ときたもんだ。

「時間あるなら店入って飲まへん?」

「え、お店はええの?」

「もうお客さんも来いへんやろ。店仕舞いや」

「ほんならお言葉に甘えて」

「そういえば俺、高校の時名字さんのこと好きやったんやで」

サラリと言われた治くんの言葉に驚いて治くんの顔を見たらニヤリと笑っていて、これは今までの不幸はこの幸福への布石だったのかもしれないと思わずにはいられなかった。


花言葉:困難に打ち克つ



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