06
「じゃあ勉強は岩泉くんの家でやろう!」
嬉しそうにそう宣言した名字に頭が痛くなったが、テスト前のこの期間勉強するというていで教室に残って遊ぶやつは多い。
集中したいなら図書館だけれど、こちらはお喋り禁止のため教えてもらうには不向きだ。
「リビングでなら…」
「お部屋がみたいな〜」
「リビングな」
名字とのくだらない攻防は俺の家に着くまで続いたけれど、家に帰ったら俺の親がいたのでどこから借りてきたのか猫をかぶって挨拶をした名字に「ここでやるからな」と一言言えば、駄々をこねるわけにもいかず素直に頷いてくれた。
どうせまたくだらないことをして俺を揶揄うんだろうと身構えていたけれど、勉強をし始めた名字はそんな気配は微塵も感じないくらい真面目だった。
流石の学年首位。
教え方は下手な教師よりよっぽど上手だし、なんならどこがテストに出やすいかも教えてくれる。
どの教科だろうが聞けば問題をチラ見しただけで答えや解き方がスルリと口からでてくる。
青葉城西きっての天才。
なるほど、そうも言われるわけだ。
「なあ、名字って中学ん時クソ真面目だったってマジか?」
「え〜、なにそれ誰に聞いたの?」
「花巻」
「花巻くんか〜。まあ、嘘か本当かでいったら本当だねえ」
勉強の手を止めて口の上にシャーペンを挟みながらふざけた顔をする名字は、俺の質問に考えあぐねているようだった。
「なんで急にそうなったんだ?」
「そうって?」
「不真面目」
「不真面目!?」
心外だと言わんばかりの顔に「遅刻するし生活態度悪ィって聞くぞ」と追い討ちをかけたら「なにそれ不服〜」と文句を言い机に突っ伏した。
「中学の時に親が喧嘩しててね、その後街で父親が知らない女性と歩いてんの見たんだよねえ。それまで親の言うこと真面目に聞いてたけど急にアホらしくなっちゃって。だって私に何か言っても自分は外でだらしないことしてんだよ?」
「それ、普通家が嫌になって学校行くパターンじゃねェの?」
「そうなんだけど、なんか何もかもが嫌になってさ〜。とりあえずイメチェンするかって美容院行ったら派手な髪色になってね。どうせならメイクとかもばっちりにして服装もそれに合わせるかってやってたらこうなった」
「は?」
「中途半端にやんの好きじゃなくてね〜」
話の始めだけ聞けば結構重たかったはずなのに、名字の話はどうも軽い。
「遅刻はなんでしてたんだよ」
「あ、それはバイトで疲れて起きらんなかったから。国公立だからそんなお金かかんないし、奨学金の審査も通ると思うんだけど一人暮らししたいからさ〜。お金貯めないとじゃん?」
「え、うちってバイト禁止じゃねェの?」
「特例で認めてもらってる。高校は卒業しとかないとめんどいから。停学くらっても困るし」
つまりは、将来のことを考えてのことだと。
「授業聞かなくても家で勉強すればいいしって蔑ろにしてたのは反省するわ。聞いてみたら結構楽しかったし」
「今ちゃんと学校行ってんのは?」
「岩泉くんいるもん当然でしょ」
「あのなぁ、こっちは真面目に聞いてんだぞ?」
「私も真面目にこたえてんだけどなあ。好きな人が同じクラスにいたら学校だって行きたくなるよ」
キッチンの向こうにいた母親から「あらっ」と驚いた声があがり、それに対して「一くんのこと好きなんですよ〜」と返す名字をみてどんどん顔に熱が集まっていく。
「岩泉くん目当てだって前も言ったでしょ。ほら、勉強続きやろ。赤点取って岩泉くんのバレー見られないとか勘弁してよね」
教科書に視線を戻し、文章を読もうとするけれど頭の中はさっきの名字の言葉でいっぱいで勉強なんて手もつかなかった。
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