月下美人
※高三設定
『今から花火しよ』
夕飯も食べ終えてゆっくりしていた夏休み最終日の8月31日の午後8時、侑からそう連絡があった。
『めんどいから嫌や』
返したはずのメッセージには既読が付かず、その代わりにインターホンの音が鳴った。
「お邪魔しまーす、名前いますか?」
こっちが出るのも待たずに大きな声で自分の家のように入ってきたのは勿論侑で、今日は片割れの治はどうやらいないらしい。
「今めんどいから嫌やって返したとこや!」
「もう来てしまったし諦めろや!早よそこの河原行くで」
もう家に来ている以上引かないであろう侑に諦めてリビングに降りたら、両手いっぱいの花火とバケツを持った侑がいた。
「うわ、その量アホちゃう」
「意外とすぐなくなると思うで。あ、おばちゃん名前借りてくで〜!」
「あんま遅くならんようにな〜」
「ほれ、早よしいや」
いってきますと母へ声をかけて外へ出ると、夏特有の湿気が身体に纏わりつく。
侑に手を引かれたまま近所の河原へ歩いて行くと、近所のおっちゃんたちに「お、花火か?青春やな〜」「暗いから気をつけるんやで」と次々と声をかけられそのたびに「羨ましいやろ!」と楽しそうに笑う侑を見てどんだけ花火がしたかったのかと笑いが溢れた。
河原へ着くと持ってきていたキャンドルに火を灯し、既に散してある花火を一つ手にとりキャンドルの火へと近づける。
先端からジワジワと燃え広がると、パチパチという音と共に青い火花が噴出した。
「うおっ、名前早よつけんか」
侑の持っている花火から火を分けてもらうと、私の方はピンク色に光をあげた。
「二本同時にやろ」
「ちょ、選んどらんで早よせんと消えてまうよ!」
あっという間に消えそうになる光に次から次へと新しい花火に火を灯していくと、用意していた大量の花火も残すところ線香花火のみになった。
「ほらな、すぐなくなってしまったやろ?」
暗くて顔は見えないけれど、多分ドヤ顔をしている侑に「ドヤ顔すんな」と背中を叩くと「見えてへんやろ!」と返された。
「ほら、最後の線香花火やるんやろ?」
お互い一本ずつ手にとりキャンドルの火へと近づける。
「なぁ名前、どっちが長いか勝負せえへん?」
「ええけど負けへんよ?」
「負けたら俺のお願い聞いてくれるか?」
「は?なんでや」
「負けへんのやろ?」
「負けへんけど…」
せーのの合図で線香花火へと火を灯すと、お互い一ミリも動かないでジッとパチパチと燃える花火を見つめる。
少しでも動いたら、その小さい火花は地面へと落ちて消えてしまう。
息をするのも静かにゆっくりと見つめるその時間は、私に夏の終わりを感じさせた。
小さい頃からずっと一緒だった侑。
でも多分一緒に過ごす夏はこれが最後だ。
私は大学へ進学を希望していてアルバイトもする予定なので会えるとしてもお盆期間くらいだ。
もうこうやって過ごす夏はこない。
そう思うと急に寂しさが胸に広がり、隣に侑のいない未来がひどくつまらないものに感じた。
ずっと気づかなかったけれど治には感じないこの感情は、多分恋。
自覚したら目の前にいる侑がすごく眩しく見えて、動揺して手元が微かに震えた。
ポトリ
少しの振動が線香花火には致命傷で、丸く光る先は最も簡単に地面へと落ち暗闇へと吸い込まれた。
「俺の勝ちやな」
静かな河原に響く侑の声、うるさいくらいに跳ねる心臓。
侑が息を吸い込む音さえ聞こえるんじゃないかって思うくらい、あたりは静寂に包まれていた。
「名前、俺と付き合うて」
深呼吸の後、告げられた言葉は私の聞き間違いではないだろう。
「うん、ええよ」
返事と共に侑の手を取り近づくと、薄暗い中でもわかるくらいに侑の顔は紅に染まっていた。
侑の顔が近づき静かに目を閉じると、唇に柔らかいものが触れるのを感じる。
「好きや」
消えそうなほど小さい声で紡がれた言葉は熱を持っていて、伝えるのにどれほど勇気を出してくれたのだろうと思わずにはいられなかった。
花言葉:秘めた愛情
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