ブバルディア

「あれ、名前ちゃんこのクソ寒い中半袖なん?」

「昨日洗濯しに持って帰ったら忘れた…」

「今日男子は体育館やから俺の上貸したろうか?」

「ほんま?助かるわ〜」

今日の体育は運悪く外で、寒くて凍えるかと思ってたらそれを見た高橋くんが私にジャージの上を脱いで渡してくれた。

男物のジャージは私には少し丈が余るけれど、この寒さの中だとその大きさが暖かくてかえってありがたい。

「なんやそれ着とると名前ちゃんと俺付き合うとるみたいやな」

たしかに高橋くんの言う通り少し大きめのジャージは明らかに男子から借りたとわかるし、ジャージは苗字の刺繍がばっちりされていて誰のだかも一目でわかる。

「高橋くん人気あるからこれ着てたら女子に誤解されて恨まれそやなぁ…」

「そ?俺は全然誤解されてもええけどな」

ニコニコと笑う高橋くんに、周りにいた友人が色めき立ち若干の居心地の悪さを感じる。
こんなことなら暖かいからと言って借りるんじゃなかった。
でも今返したら余計変な空気になりそうだしなあ、なんて思っていたら視界の端に凄まじい速さで走ってくる影が見えた。

「名前!!!!」

大きな声で私の名前を呼んだのは幼馴染の侑だった。

手にはジャージを持っていて、走ってくるなり私の着ていたものを追い剥ぎのように脱がし侑のジャージを私に押し付けた。

「なんやねん侑、今ええとこなんやから邪魔せんといてや」

「はぁ!?名前は迷惑そうでしたけどォ!?」

「お前の目は節穴か!?折角俺のジャージ着とったのに何してくれんのや」

「名前は俺のを着るんや!」

二人の視線が私の方へ向き、どちらのジャージを着るのかを私に詰め寄った。

「高橋くんも体育それやと寒いやろ?侑の方借りるわ」

どちらにも角が立たないようにそう返せば、高橋くんは舌打ちをしながらも渋々自分のジャージを着直してくれた。

高橋くんには悪いけれど、その好意は私ではなく他の女の子に向けてほしい。

「侑、これありがたく貸してもらうな」

私の返答に満足いったのか「じゃあ俺クラスに戻るな」と言って帰っていったのを見て、このためだけにわざわざクラスから走ってきたのかと呆れてため息が出た。

「名前愛されてるなぁ…」

「幼馴染やから気分はお父ちゃんなんや」

「そういう感じせえへんけど?」

なんでもかんでも恋愛に結びつけるのは思春期特有なのだろうか。

昔から侑は私に対してものすごく過保護だ。

治と部屋でゲームをして遊んでいれば「思春期の男女が二人きりになるな」と怒るし、私が初めて告白された時も「コイツはまだお子ちゃまやから恋愛なんて早すぎる」と勝手に返す始末。
多分私に好きな人ができようものなら娘はやれんと言わんばかりに否定してくるだろう。

騒がしい友人は放っておいて侑のジャージに袖を通したら、先程の高橋くんのものよりも大きいそれに驚いた。

そういえば同じくらいだった背丈もいつの間にか見上げるほど大きくなっているし、声も中学の時に変声期を迎えて低く男らしくなった。

羽織った上着からは侑の香りがふわりと漂ってきて、まるで後ろから抱きしめられているような錯覚に陥る。

さっき高橋くんのを羽織った時はなんとも思わなかったのに。

意識すればするほど侑は“男の子”なのだと嫌でもわからせられる。

意識していなかったから大丈夫だった侑との距離感も、きっと前のようにはいかない。
だってもう侑のことを好きになり始めているのだから。


花言葉:予感



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