マネッチア
※オフィスパロ
入社して4年目になった春、初めての異動を命じられた。
今までよくしてもらった上司や先輩たちに別れを告げて新しい支店でも頑張って行こうと思った矢先、とんでもないことが発覚した。
会社で注文しているお弁当が不味い。
前の支店は比較的中心部だったから周りに色んなご飯屋さんがあってお昼ご飯に困ったことはなかった。
今のところも立地的には変わらないのだけれど、オフィス街ということもあり路地が入り組んでいて一人で冒険するには少し勇気がいる。
仲がいい人でもいればいいのだけれど、ここの支店の人はみんな各々自由に食べているみたいで一緒に食べている人はお弁当組だけ。
年齢の近い人たちだったので私もお弁当を頼んで混ぜてもらったけれど、それが前述の通りあまり美味しくない。
これを毎日食べるとなると気が滅入ると思って次の日から頼むのをやめた。
それをみた先輩が気を遣ってくれてご飯に誘ってくれたけれど、緊張して何を食べたのかすら覚えていない。
そんな中、ランチから帰るとものすごく幸せそうな人を見つけた。
営業の宮さんだ。
彼は午前の終わりを告げるチャイムがなるといち早く会社からいなくなる。
そして昼休みも半分を過ぎたあたりで幸せいっぱいの顔で帰ってくるのだ。
あれは絶対美味しいお店を知っているに違いない。
他の先輩にそれとなく聞いてみたのだけれど、誰も宮さんとご飯を食べたことのある人はいないらしくどのお店にいっているのかはわからなかった。
ならば尾行るまで。
宮さんが会社から出るのを見計らって後ろからそっとついていったら、角を曲がったところで宮さんを見失った。
「あれっ、なんで?」
絶対この角を曲がったと思ったのに。
「なんで、やないやろ。人のこと尾行るなんて何考えてんのや」
「ヒェッ」
宮さんの呆れた声が後ろから聞こえて思わず変な声が出た。
「名字さん、なんで俺のこと尾行たん?」
「宮さんいつも幸せそうに帰ってくるから美味しいお店知ってるのかなって思いまして…」
よくよく考えればそんな理由で尾行られてたまるかって感じなのが否めない。
キモがられるか、怒られるか。
しかし返ってきた言葉は予想とは違い優しいものだった。
「なら一緒食い行こか」
私の返事も待たずに目的のお店まで手を引っ張り歩くと、宮さんは店の前にできた列でどこのお店が美味しいとか、テイクアウトならこのお店がいいとか色んなことを教えてくれた。
「名字さんも外で食べるならこれから色んなところ連れてったるからな!」
「いいんですか?」
「うちの人たち飯に興味ない人ばっかでなあ。あの弁当毎日食えるとか正気の沙汰やないで」
「ですよね!?やっぱ美味しくないですよね!?」
「1日でギブや。おかげでこの辺のお店詳しくなったからええんやけどな」
やはり私の目に狂いはなかったらしい。
宮さんは相当な食い道楽だ。
そんな話をしていたら列も動き、次が私たちの番になった。
「宮さんのオススメはどれですか?」
「キジ丼やな!甘辛いタレがかかってて美味いで!量食べるなら大盛りがオススメやけど、どれくらい食えるん?」
「美味しいものならいくらでも!…とは言っても量がわからないので最初は普通盛りですかね」
「足りなかったら切ないやん」
「帰りにコンビニでスイーツでも買って帰るんで大丈夫です!」
とりあえず宮さんオススメのキジ丼を注文して席に座ると、焼き鳥のいい香りが漂ってきてお腹が大きな音を立てた。
「フッフ、楽しみやなあ!」
「ですね!」
しばらくして届いたキジ丼は、宮さんの言う通り甘辛いタレがからんでご飯がものすごく進んだ。
美味しいですねと声をかけようと宮さんの方をみたら帰ってくる時とは比にならない幸せそうな顔で頬張っていて、世の中にはこんなに美味しそうに食べる人がいるのかと驚いた。
素敵だなぁ。
思わず浮かんだその言葉にハッとした。
いやいやいやいや!
ただ美味しそうに食べてるのが素敵だなって思っただけだし!
自分の言葉に頭を振って否定してみたけれど、目の前で食べる宮さんを見てたら少し足りないと思っていたお腹も急にいっぱいになってくる。
「量どうやった?」
聞かれた言葉に返すのはたった一言。
「いっぱいです…」
貴方のことを見ていると胸が。
花言葉:楽しい語らい
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