イソトマ
「振られたー!!!!」
そう叫んでビール片手に持って勢いよく飲めば、高校時代の友人である岩泉と花巻は「またか」「今回どれくらいもった?」「最短か?」などと失礼なことを言ってきた。
「お前もいい加減その誰でもいいってスタンスやめればいいべ?」
そういうのは岩泉で、ど正論すぎて何も言えない。
「でも!30までに子どもほしいって考えるとそろそろやばいんだもん!!」
「だからって婚活パーティーであった男と簡単に付き合ってすぐ振られてってやってたらどっちにしろ時間の無駄だろ」
「花巻までそんなこと言うの!?」
「だってこれ何回目だよ…。今回はなんて言って振られたわけ?」
「『俺は名前ちゃんのこと好きだけど名前ちゃんは他の誰かを想ってるよね?』って!!!誰だよその他の誰かって!!私に是非教えてほしいんですけど!?」
「お前毎回それで振られるのウケる」
「全然ウケないわ!!」
花巻も岩泉も私が振られるたびにこうやって飲んだりしてくれる。
本当に頭が上がらない。
「俺らこの後珍しく及川がこっち来てて会うから今日はもう付き合えねーからな」
「そんな殺生な!ってか及川帰ってきてんの?会いたい会いたい。私も行かせてよ!」
「あー、まあお前ならいいか」
そう言って岩泉はスマホをだして及川に連絡してくれる。
すぐ折り返しの電話がかかってきて『岩ちゃん今名前ちゃんといるの!?それなら俺がそっち行くよ〜!』と相変わらずの元気な声が聞こえた。
聞けば今仙台駅に着いたみたいで、ホテルのチェックインだけ済ませてこちらに向かってくるらしい。
『あれ、ってか岩ちゃんとマッキーだけ?』
そう及川が尋ねれば「あいつ今日急に仕事が入って遅れるっていってた」と岩泉がこたえる。
「誰?」
「松川。あれ、そういや名前松川と話したことあるっけ?」
「あ、あー…松川くん?」
「そうそう」
「喋ったことあるわ」
「じゃあ大丈夫だな」
花巻に動揺がバレなかっただろうか。
久々に聞いた名前に胸がギュッとなり、息を大きく吸い込んだ。
高校三年生の夏休みの淡い思い出。
三年生はみんな部活を引退し、これからくる受験に備えていた。
夏休みには希望者だけ補習が受けられて、私と松川くんはそこで出会った。
「あ、名字さんだ」
そう声をかけられて顔をあげると、そこには花巻たちがよくつるんでいるバレー部の男子がいた。
確か名前は‘松川くん’。
「あれ、松川くん私のこと知ってんの?」そう聞けば「花巻たちと一緒にいるのみてたし、あいつらからよく話聞くよ」と笑ってこたえてくれた。
「名字さんも補習受けるんだね。外部受験組?」
「うん、東京の大学受けるんだ。英語だけどうしても苦手だから夏休みで追い込みかけようと思って」
「そっか、隣いい?」
「うん、空いてるからどうぞ」
初めて話したとは思えない話しやすさに、授業が始まるまでの間楽しくおしゃべりした。
授業が終わって帰ろうとすると「名字さん、この後暇ならちょっと気分転換しない?」と松川くんに誘われ、どうせ帰ってもすぐ勉強はしないしなと二つ返事で了承した。
「どこ行くの?」そう聞けば「秘密」と楽しそうに笑い、松川くんは私の少し先を歩いた。
しばらく歩くと公園が見え、そこは木陰が多く風が優しく吹いていて夏の暑さが少し和らいだ。
「はい」と渡されたのは途中で寄ったコンビニで買ったアイスで「ありがと」と受けとり開ける。
「ここ、何気人来なくてゆっくりできんだよね」
「いいの?私に教えちゃって」
「うん、二人の秘密な」
松川くんは私の方へ向き、年相応の顔で笑った。
それから補習の帰りは松川くんとそこでアイスを食べるのが日課になり、夏休みが終わる頃には私たちは友人と呼べる関係になっていた。
その後も漠然と友人関係が続くものだと思っていたが、二学期のある日、松川くんが体育館裏で女の子に告白されるのを見た。
女の子が必死に愛を伝える様に胸が締め付けられ、頭が真っ白になりながら急いでそこから去った。
告白の答えがどうだったかは知らない。
それからというもの、なんとなく気まずくて松川くんを見かけると避ける日々が続いた。
三年生の一年間なんてあっという間で、そのまま松川くんとは話すことなく卒業を迎えたのだった。
「みんな〜、待った!?みんなのアイドル及川さんの登場だよ✩」
いつの間に時間が経っていたのだろう、及川くんの声にハッとして我にかえる。
「名前ちゃん!久しぶりだね!!」
「及川も元気そうじゃん〜!今どこいんの?」
「アルゼンチン!お盆の時期だから帰ってきたけど、結構お店とかも変わっててびっくりしたよ。名前ちゃんは元気だった?」
「私は相変わらずだよ!」
「こいつ今日も男に振られたって俺らのこと呼び出したんだべ」
「ちょっと岩泉!なんで言っちゃうかな!」
「いっつも『他に好きな人がいるんじゃないの?』って振られるんだとよ」
「え〜?名前ちゃんそんな及川さんのことずっと好きだったの?」
「だまれクソ川、うぜぇ」
「ちょっと岩ちゃん!?傷つくんですけど!?」
久しぶりに会ったと思えないような懐かしいやりとりに思わず頬が緩む。
「お、松川ついたってよ」
花巻がそういうと、入り口の方から背の高い男性が歩いてくるのが見えた。
「久しぶり」
私の方を見て、松川くんはにっこり笑った。
「まっつん!聞いてよ!名前ちゃん婚活連敗中らしいよ!」
「及川ふざけんなマジで。開口一番なにいってくれんの」
「名字さん、婚活してんの?」
「あー、そろそろいい歳だからね」
「『他の人を好きでしょ』ってフラれるんだって!」
「及川本当黙って」
「好きな人いるんだ?」
「いや、いないんだけどいつもそうやって振られるの…」
なんでこんなこと言わないといけないんだクソ川ふざけんなと及川を黙らせると「でもお前毎回それなら思い出せないだけでずっと好きなやつでもいるんじゃねーの?」と岩泉が爆弾を投下し、続けて花巻までもが「そういやお前高三の夏頃からずっとそうやって振られてね?もしかしてその頃に誰かのこと好きになったとか?」などという。
「高三の夏に誰かのこと好きになったの?」
松川くんが私の方を向いて、目線を合わせる。
そらせないまま「わかんない…」とこたえると「そう」とだけ言い、「俺もビール」と注文した。
それから何を話したかよく覚えていない。
松川くんのさっきの目がずっと頭から離れなくて、無理矢理忘れようとしこたまお酒を飲んだ。
いつの間にか寝ていたらしく、気づけば花巻たちはもういなくて、隣には松川くんがいた。
「起きた?」そう聞かれたので慌てて「ごめん、付き合わせちゃって」と起き上がる。
「いいよ、名字さんと話すの久しぶりだし」
「あー、そうだね…」
「うん、高三の夏休み以来だよ」
「そうだっけ…」
「なんで俺のこと避けたの?結構傷ついたんだけど」
「松川くんが体育館裏で告白されてるのみて、なんか勝手に気まずくなりました…ごめん…」
そう言えば松川くんは一瞬驚いた顔をし「誰だろ、覚えてないな」と呟いた。
気まずくなって下を向けば「名字さん、婚活中なんだっけ?高三の夏の恋をもう一度やり直すのはどうかな」と言われ、驚いて顔をあげれば松川くんの顔が迫っていて、唇に柔らかい感触がした。
「とりあえず俺の家に行こうか」
優しく微笑んだ顔に、あの時の松川くんの顔が重なった。
花言葉:強烈な誘惑
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