クレオメ


放課後、自身の部活を終えて教室の前を通ると、侑くんの机に何かが置いてあるのが見えた。

まだバレー部は部活中だろうし忘れ物なら届けようかなと思い教室のドアを開けてみたら、机に置いてあったのは侑くんが使っているデオドラントウォーターのボトルだった。

文化部の私はこういったものを使う機会があまりない。

体育の後は匂いが気になるからと一応スプレータイプの制汗剤を買ったけれど、更衣室で混ざるあの色んな香りが好きじゃなくてロッカーの中で眠っている。

このタイプのデオドラントウォーターはボトルとキャップの交換が流行っていて持っている子をよく見かけるが、私の周りで持っている子はベリーの甘い香りやせっけんの香りが多くこのボトルは初めて見るかもしれない。

「侑くん、どんな香りなんやろか」

言葉にして呟いたら変態みたいで、誰かに聞かれていないかと慌てて周りを確認したが、シンと静まる教室には私一人。

ちょっとだけ、ほんの少し匂いを嗅ぐだけ。

自分に言い訳をして侑くんのボトルの蓋を開け、手のひらに中身を少し垂らし顔を近づける。

ふわりと鼻を擽る爽やかな香りに、侑くんの顔が思い出された。

自分のしていることへの後ろめたさと、好きな人の香りが自分の手のひらから香ることに息が上手く吸えなくて呼吸が早くなる。

落ち着かないと。

早まる呼吸を落ち着けようとゆっくり息を吸おうとしたら、教室のドアが音を立てた。

「それ、俺のやんな?」

息が止まるかと思った。

入ってきたのは侑くん本人で、まさか今のを見られてた?

「あ、の…これは…」

目線が泳いでしどろもどろにしか言葉がでない。
だって手にしているのは間違いなく侑くんのもので、言い訳のしようがない。

「名字さん、そんな俺の香り嗅ぎたかったん?」

ニヤリと笑いながら近づいてくる侑くんから逃げるように距離を取るけれど、後ろはもう壁で逃げようがない。

「俺の香り、つけてみる?」

侑くんは私の手の中にあるボトルをするりととり蓋を開けると、自分の手のひらに液を垂らして私の首元へと撫でるようにつけた。

ひやりとした感触が首筋を這い、身体がピクリと跳ねる。

逃げなきゃ。

そう思うのに侑くんの瞳は私をしっかりと捉えていて、身体が思うように動かない。

「名字さんから俺の香りがするの、やらしくてええなあ」

つけた首筋に息がかかり、揶揄うような口調で笑われ足から力が抜けるのを感じた。

「腰抜けてもうた?フッフ、かわええな」

きっと侑くんにはこんなの日常茶飯事で、なんてことないスキンシップなんだろう。
それでも慣れていない私には少し刺激が強すぎた。

「希望があればまたつけたるから声かけてな」

愉しそうに笑う侑くんはそう言い教室を去ったけれど、残された私はしばらく動けそうもなかった。


花言葉:秘密のひととき



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