ハルジオン
「っと、悪ィ」
トンッと軽く肩に人がぶつかり、その衝撃でボタンを押そうとしていた指がずれた。
ピピピピピという機械音の後、取り出し口に落ちたのは私が買おうと思っていたジュースとは似ても似つかないコーヒーだった。
「名字、飲もうとしてたのコーヒーじゃねェよな?」
申し訳なさそうにそう言ったのはぶつかった張本人の岩泉だったけれど、長いこと通路で悩んでいた私も悪かったし「午後眠くなっちゃうから丁度よかった」と笑って返しておいた。
岩泉はいいやつだし、私がジュースを買おうとしていたのを知ったらきっと書い直してくれるだろう。
でも、岩泉が私にぶつかったのも向こうではしゃいでた男子がこっちにボールを誤って投げてしまったのを助けてくれたからだ。
助けてもらった上に飲み物まで奢ってもらうなんて図々しい真似はしたくない。
「それよりも助けてくれてありがと」
「や、それはいいけど…」
私の手元にあるコーヒーを申し訳なさそうに見る岩泉に「ほら、及川待ってるよ」と無理矢理背中を押して及川の方へと歩かせた。
「飲めなかったら言えよ」
「大丈夫だって」
「お前な…」
諦めた口調でため息をついた岩泉にはそう言ったけれど、実を言うとコーヒーは飲めなかったりする。
いっそのこと岩泉にお礼だと押し付ければよかったのかもしれない。
手元にあるコーヒーを見つめてため息をついていたら、背後に人の気配を感じた。
私の手からコーヒーをスルリととって、代わりに私の好きなジュースが手渡される。
「飲めないくせに無理すんなよ」
声のした方を向けば、ニヤリと笑う花巻が立っていた。
「え、これいいの?」
「コンビニで買ったシュークリームがあるから一緒に飲めば美味いだろ」
「でも…」
「格好いいとこ岩泉にとられちまったしな」
そのまま歩いて去っていく花巻の後ろ姿に、いやいや格好いいのは花巻もでしょと思ったけれど、真っ赤な顔を見られたくなくてその場で小さく蹲った。
花言葉:さりげない愛
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