それでも撒く
「治、逃げるで」
私の声に頷いた治は私の手を取ると正門へと駆け、今来た普段乗るバスとは反対の方面へ向かうバスに飛び乗った。
当然反対のバスに乗ると思っていなかった侑は
乗り損ね、バスの窓越しに地団駄を踏む侑を見て私たちは悪戯が成功した子どものように笑い合った。
「ツムの顔見たか?むっちゃ悔しそうにしとったで」
「後ろで角名が動画撮ってんのも見た!後で送ってもらお」
お腹を抱えてしばらく笑いあうと、ふと治が私に「で、ここまでして買うたプレゼントって何?」と真面目な顔で尋ねてきた。
本日のもう一人の主役である侑を蔑ろにして私が治だけを祝うなんてしたことは今まで一回もない。
どんな時も平等に二人へプレゼントを渡し、おめでとうとお祝いの言葉を口にしていたのだから。
「…バスの中っていうのもあれやし、次のバス停で降りてもええ?」
「わかった」
次のバス停は閑静な住宅街で、確か近くに小さくはあるがベンチのある公園があったはず。
運転手さんが次のバス停をアナウンスしバスが止まる。
一回友だちの家にお邪魔する時にきただけだったバス停だけれど、意外と覚えているもので公園へはすんなりとつけた。
「これ、プレゼント」
ベンチへ座り手にしていた紙袋を渡すと、治は「開けてええ?」と私へと尋ねた。
「うん、どうぞ」
ガサゴソと紙袋から取り出し、丁寧に包み紙を開ける治に先程まで落ち着いていた鼓動がまた早く打ち始める。
「パスケース?」
「丁度目に入って、落ち着いたデザインが治っぽいなって思ったんやけど…気に入らへん?」
「いや、めっちゃ好みで驚いただけや」
嬉しそうに目を細め、口角を上げた治にホッと心臓を撫で下ろした。
パスケースを手にした治を見ても自分の目に狂いはなかったと思う。
今使ってるやつは中学の頃から使ってたはずで、角が擦り切れてボロボロになってきているので交換時期としても丁度いいだろう。
「それと…私、治のこと好きやねん」
勇気を振り絞って出した声は小さかったけれど、治には聞こえたと思う。
嬉しそうだった表情は消えて、私の方を一瞥した治の顔は表情を宿していなかった。
角名はああ言っていたけれど、やっぱり勘違いだったのだろうか。
次に来る言葉を想像してギュッと目を瞑ったが、治からかけられた声は予想に反して震えていた。
「揶揄ってるんやなくて?」
「こんなこと冗談で言わへんし、侑のこと撒いてまでやることと違うやろ」
びっくりしてパッと開いた目に入った治は、頬を赤く染め、視線はあらぬ方向を向き珍しく照れていた。
「ちょ、見んな」
慌てて隠された顔を見て、心から安渡できた。
角名の言う通りだった。
「付き合うてくれる?」
「おん」
「なんでプレゼントいらへんて言うたの」
「ツムといつまでも同じ扱いなんて嫌やと思ったから」
「私、ずっと治のこと好きやったよ」
「…ほんま?」
「うん、でも振られて幼馴染やなくなっちゃうの嫌やったから…」
「振るわけないやん!!」
「そんなん知らへんし」
お互い少し拗ねた言い方をして、顔を見合わせて笑うと手元のスマホがピコンと二人して音を立てた。
「ツムやろな」
「なんてきたかな」
「どうせケーキ先食うたるからな、とかやろ」
治の言葉に侑なら言うかもしれないとスマホを開くと、本当にそのままの文章でメッセージが来ていて思わず笑ってしまった。
「俺らも帰るか」
「うん、侑にもプレゼント渡したいし」
ベンチから立ち上がろうと上を向いたら、先に立ち上がっていた治の顔が私へと近づいて、唇に一瞬柔らかさを感じた。
「…治、誕生日おめでと」
「フッフ、このタイミングで言うん?」
「言い忘れてたなって」
街灯に照らされて伸びた二人の影は、溶け合ってしまいそうなほど長い時間一つに重なっていた。
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