治
高校を卒業したあたりで、自分の誕生日がそんなに特別なもんやと思えなくなった。
いつも隣にいて一緒に祝っていたツムがムスビィに入社して忙しくなったのもあるのかもしれない。
とはいえ昔からの友人や先輩はその日になるとおめでとうとメッセージをくれたし、ツムも一応はプレゼントらしいものを持って顔を見せにきてくれた。
それを見越して二人分のケーキを冷蔵庫に用意して2人で祝いながら食べるけれど、お祝いというよりは毎年恒例の行事みたいなもんで特にめでたさとかはなかった。
そんな誕生日が数年続き自分の誕生日も忘れていた今年、店を閉めて裏口から出たところでバイトの名前ちゃんに「店長、おめでとうございます」と言われ初めて今日が自分の誕生日なことに気づいた。
「忘れとったわ…」
「一応LINEしたんですけど、既読にならなかったので来ちゃいました」
今日は一日中忙しくてスマホを見る余裕もなかった。
慌ててみたLINEには凄まじい数の未読のメッセージが溜まっていて、大半は俺へのお祝いの言葉とツムからの文句で埋め尽くされていた。
名前ちゃんからも数件メッセージが来ていて、最新のものは『お店終わったらお時間いただけますか』とあった。
好きな子からのLINEに気づかないなんて数時間前の自分を殴ってやりたかった。
「すまん、気づかんで」
「お店忙しかったなら私も出勤すればよかったですね」
「名前ちゃんおったらもう少し楽やったろなぁ…」
出勤要請をすればよかったのか。
簡単なことなのにそれすらも思い浮かばなかった自分に呆れるしかない。
「で、なんか用事でもあったん?」
「侑さんから今日店長がお誕生日だって聞いたので、お祝いしたいなと思いまして」
「それでわざわざ店まで来てくれたん!?」
「日頃お世話になってますから」
どうぞ、と差し出された紙袋は俺の好きな店のロゴが入っていて、一体何を買ってくれたのだろうと心が躍った。
「大したものじゃないんですけど」
「開けてもええ?」
「え、ここでですか?」
紙袋は少し重く、確かに道で開けるには不安を覚える。
「時間ある?」
「ありますけど…」
「なら店入って開けさせてや。それ、もう一つ手に持っとんのケーキやろ?」
「よくわかりましたね!?」
「そこのお店の甘くて美味いから好きやねん。名前ちゃんのことやから二つ買うてるんやろ?」
「店長と侑さんで召し上がるかなと思って買ったんです」
「ツムにはあげんでええから俺と食べよ」
困った顔をする名前ちゃんを無理矢理店の中にいれ、先程消したばかりの店内にあかりを灯す。
いくら10月とはいえしばらく外にいたであろう名前ちゃんは少し寒そうで、お湯を沸かしお茶を入れる準備をした。
「店長の誕生日なのにそんな!」
「気にせんでええよ。ほら、座って座って」
ケーキを受け取り適当な皿に出し、名前ちゃんとその隣へ皿を並べた。
「美味そやな!」
「なんかすみません…」
「ええてええて!」
いただきますと二人で手を合わせて食べるケーキはどこか不思議で、そういえば名前ちゃんと二人きりでこうして話すのは初めてかもしれないと思った。
いつも店は三人で回していて、ツムの試合に出張で行く時も名前ちゃんと二人きりになることはない。
「プレゼント開けてもええ?」
「あ、どうぞ」
先程渡された紙袋を開け包装を解くと、少し大きめのお茶碗が顔をだした。
「店長が賄いで使ってるお茶碗小さそうで…その…大きいのがあればどうかな、と」
しどろもどろになりながら名前ちゃんは言い訳を並べ始めたが、その言葉を遮るように名前ちゃんの顔の前へとお茶碗を出した。
「これ、賄いやなくて家で使ってもええ?」
「え、そんないいんですか!?」
「大きい茶碗欲しかったんやけどいいのなくてなあ。これなら米いっぱい食えそうやし、使わせてもらえたら嬉しいんやけど」
「恐縮です…」
俺の好みをよく把握しているな、と思った。
先程食べたケーキも以前俺が好きだと言ったものだったし、茶碗も小さくて大きいのが欲しいと言った記憶がある。
しかもわざわざ店にまできてこうしてプレゼントを渡してくれるあたり、期待してもいいのだろうか。
そう思って名前ちゃんの方を見れば、そんな甘い雰囲気はどこにもなくて、寧ろ真剣な眼差しで俺の方をジッと見ていた。
「店長、私このお店辞めようと思ってるんです」
「え、この流れで!?」
「その…いつまでもフリーターでいるなと親から怒られまして。私もこのお店が好きで長居しちゃったなとは思ってたんです」
「まあ正社員やないからなぁ…」
いつまでも甘えていた自分も悪いけれど、まさか辞める話がでるとは。
「あと、私店長のことが好きでして」
「そうかぁ…ん!?」
「これ以上好きになるとフラれた時に辛くなるので、ここら辺でケジメをつけようかなと」
「ちょ、待って?」
「あ、いいんです。別に返事がほしいとかじゃないんで。フラれるの辛いしまだ出勤もあるので何も言わないでください」
俺の言葉を制止し、慌てて捲し立てる名前ちゃんはなんて言うた?
「お茶碗も気持ち悪ければ割っちゃってください。一思いに、バリンと」
「ス、ストップ!!」
俺の大声にピタリと止まった名前ちゃんの顔を見れば、今まで見たこともないくらいに真っ赤になっていて先程の言葉が嘘でないことがわかる。
「俺も好きやから!」
「いえ、店長の好きとは違ってですね」
「俺も!名前ちゃんのこと恋愛として好きやから!」
「嘘ぉ…」
「嘘やない!さっき店出て名前ちゃんおったときめっちゃ嬉しかったし、プレゼント渡された時なんかものすごくドキドキした!告白してくれた時なんか驚きすぎて一瞬何言われてるかわからへんかったわ」
「本当ですか?」
「店、辞めんといて。親御さんが心配っていうなら俺ちゃんと挨拶しにいくから」
「挨拶?」
「名前ちゃんを嫁にくださいって言いにいくから」
「嫁」
「離れんの嫌やねん」
こんな可愛い子、誰かにやってたまるか。
折角俺の店に来て働いて俺のことを好きだと言ってくれているのに、どこか他のお店や会社にあげてなるものか。
「いいんですか?」
「名前ちゃんの将来、俺に預けてや」
「これ夢じゃないですよね?」
「夢やない」
名前ちゃんの大きな目から涙がボロボロと溢れ、幸せを噛み締めるように瞼を閉じた。
「店長、お誕生日おめでとうございます」
微笑まれたその顔に愛おしさが募り唇へとキスを落とす。
「伝えてくれてありがとな」
今まで以上に頑張って働かねば。
目の前のこの可愛い女の子をきっと幸せにしてみせると心に誓い、俺の誕生日の夜は更けていった。
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