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休憩時間に賃貸物件が載っているアプリを開いてため息をついたら同僚の山ノ井さんに「引っ越すんですか?」と声をかけられた。
「そうなんやけどいい物件がなかなかなくて…」
「俺の住んでるとこ、今度一部屋空くって大家さんが言ってましたよ!コンロ3口だし風呂トイレ別で駅徒歩10分。どうですか?」
「いや、どうですかって言われてもお高いんやろ?」
「それがリフォームしてるけど築年数は古いからそんなでもないんです」
山ノ井さんが教えてくれた家賃は本当に破格で是非にでも入居したい。
「魅力的やな…」
「でしょ!?周辺も美味しいご飯屋処や居酒屋も多いんで今度飲み行きましょうよ」
ニコニコと悪意のない笑顔で言われ、つい「せやなぁ」と頷いてしまったのだ。
「本当ですか?じゃあ今週末とかどうです?」
「え、あ、まぁ…同居人に聞いてからなら…」
「名字さん誰かと住んでるんですか?」
「うん、なりゆきで」
あまり開けっ広げに話したい話題でもなかったし、休憩も終わりが近かったのもあって「私戻るな!」と逃げてしまった。
山ノ井さんとは入職してからずっと仲良くしてもらっているけれど、私に彼氏がいたこともあり二人きりで飲むことはなくて、まさかこんなぐいぐい来る人だなんて思わなかった。
何か理由をつけて断ろうと思ったのに、帰りに『同居人さんにOKとれたら今週末行きましょうね!』というメッセージが可愛らしいスタンプと共に来ていて、断りにくくなり侑に行っていいかと聞いてみたのだ。
ダメと言ってくれたらいいな、と願いをこめて。
ところが侑は家が見つからない私に同情的で、家探しは休日にすればいいから楽しんでこいと言い、あまり乗り気になれない飲み会へと行く羽目になった。
「名字さん、今日は付き合ってくれてありがとうございます!」
「や、こちらこそ」
山ノ井さん自体は悪い人じゃない…というか寧ろいい人なんだけれどこの積極性はどうも苦手だ。
「名字さんがどういうとこが好きかわからなかったんで、俺が気に入ってるとこ行ってもいいですか?」
「いいですよ〜」
着いた店に眩暈がした。
『おにぎり宮』
今更嫌とも言えず山ノ井さんについて入ったけれど、いらっしゃいませと笑顔で言われた後の治の『なにしとんねんお前』という視線が私に突き刺さる。
「ここ、すげー美味しいんですよ!」
「そうなんですね。わー、オススメなんですか?」
我ながら白々しいな、と思う。
しかしオススメだと教えてくれた店をまさか店主が友人ですと誰が言えるのだろうか。
山ノ井さんが話す家のことが治の耳に入る度に冷や汗が止まらない。
だって一度男で失敗してんのに同じ轍を踏むのかと目が言っている。
一緒に住むわけじゃないからとか色々言い訳はしたいけれど、それも叶わないのが余計辛い。
気まずい空間に耐えられずにいつも以上に酒を呷った。
酔ってしまえば治も気にならない、そう思ったのだ。
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