12

仲良くなりたいと思っている人がいる。

仕事に対しての姿勢が尊敬できて、且つ本人の見た目も可愛らしい女性だ。

俺が入職して数ヶ月の頃、仕事内容を覚えるのに必死で空回っていた時に「落ち着いてやれば山ノ井くんならできるよ」と言い、その言葉が俺の心を落ち着かせてくれた。

恋愛というよりは憧れに近いと思う。

名字さんは一緒にすんでる彼氏がいると聞いていたし、結婚も間近なのかと勝手に思っていたから好きになったところで手の届かない人なのだ。

それなのにこの間から休憩中のため息が増え、チラッと覗いたスマホの画面には賃貸物件を探すアプリが開かれていた。

一瞬結婚か?と思ったけれど本人の憂鬱そうな顔を見るとどうやら別れたみたいで、ここを逃すと二人で飲みに行ったりもできないかもしれないと思い少し…いや、だいぶ強引に約束を取り付けた。

名字さんは少し引き気味だったけれど、俺のことを悪く思ってはいないのは話していてわかるし、これを機に仲良くなれたらいいなと思った。

ところが、連れて行った先のおにぎり屋さんで気まずそうな顔をしながら俺と話すし、終始店主のことを気にしながら酒を呷っていた。

もしかして元カレのお店とかだったのだろうか。

気まずさからかすごいスピードでお酒を飲んだ名字さんは案の定ベロベロに酔って俺にもたれかかってきた。

「お家、ここから近いん?」

「徒歩圏内ですよ。…それより名字さん大丈夫ですか?だいぶ酔ってるように見えますけど」

「えー?酔ってへんよ!大丈夫大丈夫!」

えへへと笑いながらくっついてくる名字さんはかなりタチが悪い。
俺が悪いヤツだったらこのままお持ち帰りされる流れにしかならない。

「早いとこ出ていかんとって思ってるんやけど、なかなかなぁ…」

「いつ空くか聞いてみましょうか?」

「そうしてくれると助かるわ〜」

「間取りとか気にいるといいですね」

「せや、山ノ井くんのお部屋も同じ感じやろ?」

「え、多分…」

なんだか話の流れがおかしくなってきた気がする。

「やったらこの後見に行ってもええ?」

憧れの人にそんなことを言われたら、だれが嫌と言えるんだろうか。

自然とゴクリと鳴った喉に、自分の下心を自覚した。

部屋に行くって、無防備すぎやしませんか。

俺が返事をしようと口を開いたその時だった。

「名前ちゃん、そこまでや」

さっきまで何も言わずにいた店主が名字さんの名前を呼び、俺の方を見もしないでカウンターから出てきて俺からひっぺがした。

「やって早よでないと辛いんやもん」

泣きそうな声で店主にくっつく名字さんを見て、これは俺が入る隙なんかないなとわからされた。

「…お会計お願いします。あと、名字さん預けてもいいですか」

「おん。飲むと甘えたくなるタイプなんや。勘違いさせてもうたらすまんな」

ニコリと笑いながら、しかししっかりと釘を刺されてすごすごと帰るしかなかった。

自分が道化みたいでひどく虚しくなったけれど、最初から名字さんの瞳には俺なんて映ってなかったんだろうとため息を吐いた。

俺のアパートに引っ越したいと言っていたけれど、これは多分あの店主が許さないだろうな。



back