06
名前ちゃんがいなくなってから2日ほど経った夜、家に明かりがついているのが見え、勢いよく玄関のドアを開けた。
「おかえりなさい」
リビングから名前ちゃんの声が聞こえて、靴を揃えることもせずに部屋へ行き、名前ちゃんの身体を抱きしめた。
俺が力任せに抱きしめるものだから、少し苦しそうな声で「心配かけてごめんなさい」と言い、俺の身体をぎゅっと抱きしめ返してくれた。
「整理、ついたん?」
「うん、ちゃんとお話するから聞いてもらってもいい?」
名前ちゃんは、結婚が決まってからずっと悩んでいたことを俺に話し出した。
些細なことの積み重ねもあったのかもしれない。
お客さんの中には俺に好意を向ける人もいて、その中には名前ちゃんに敵意を剥き出しにする人だっている。
俺が選んだのは名前ちゃんなんやから胸を張ってくれていいのだけれど、人の敵意に晒されるのは思っているよりも疲れるのだろう。
「だからね、本当に結婚してもいいのかなって…自信がなくなっちゃったの」
「…名前ちゃんは、どうしたいん?」
別れたいなんて、言われませんように。
祈るしかない気持ちで聞くと、名前ちゃんは少し困った顔をして俺の顔を見上げた。
「治さんと結婚したい。自信はないけど、治さんが好きって言ってくれたのは私だから…」
結婚してくれますか?と聞いた名前ちゃんを、返事もせずにもう一度きつく抱きしめた。
「よかった…」
ここ2日ほどの心配が、杞憂に終わってよかった。
名前ちゃんがちゃんと家に帰ってきてくれてよかった。
「…治さん、私と結婚してくれますか?」
「そんなん当たり前やん…!!」
「よかった、ありがとう」
ふにゃ、と笑った名前ちゃんに安心した。
この心底嬉しそうな笑顔は、ここ何ヶ月間かずっと見ていなかった。
結婚したら心配なんて吹き飛ばすなんて悠長なことを言っていないできちんと向き合っていればこんな悩ませることもなかったのかもしれない。
「今度からはちゃんと相談したってな」
「うん、そうします」
名前ちゃんはもう一度だけごめんねと俺に謝った。
「治さん、今回行った旅先が素敵だったから私治さんともう一度行きたいな。難しいと思うけど、おやすみとれたりする?」
「そんなん言ってくれればとるわ…!」
「ちょっと遠いから大変なんだけど…」
そう言って取り出した観光雑誌を机に広げ、楽しそうに笑う名前ちゃんに心から愛おしさが込み上げた。
「好きやで、名前ちゃん」
「私も治さんのこと好きです」
夜ももう遅いけれど、今日くらいは夜更かしをしてみるのもいいのかもしれない。
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