北さんと焼き芋

「名前ちゃーん!」

この道を歩いていると、顔馴染みのおじさんから声をかけられることが多い。

「これから信介のとこ行くんなら乗せてったるで」

「え、いいんですか?」

「可愛え女の子がそんな重そうな荷物持っとるのほっとけんからなあ!」

そう、今日私が話しかけられたのはこのおじさんを含めて3回で、みんな何故か信介にあげようと思っていた野菜を持っていて、私が家に行くのを見越していいところで会ったと言わんばかりに手渡してきたのだ。

ちなみに駅からここまではものの10分強であることを伝えておきたい。

いただいた野菜を荷台に乗せ、ありがたく助手席に乗ると、おじさんは私がシートベルトをしたのを確認してゆっくりと車を動かした。

「名前ちゃん今いくつになったんやっけ?」

「今年で27ですね〜」

「ほんなら信介ともそろそろか?」

「やー、どうでしょうねえ…」

あはは、と苦笑いで流すのにも理由がある。

みんな勘違いしているけれど、私が信介の家に行くのは結仁依さんに編み物を習ってるからであって決して信介に会いに行っているわけではない。

でも周りの大人にはそう見えないみたいで、私が信介に会いたいがために結仁依さんに習い事をしていると思われているらしい。

信介とは幼馴染以外の何者でもないし、付き合っているなんてことは事実無根なのである。

最初の頃は否定したのだけれど、照れ隠しだと思われさらに揶揄われたのでこうやってお茶を濁すのが一番だとわかったわけだ。

「ほれ、名前ちゃん信介の家ついたで」

「わ、助かりました〜!ありがとうございます!」

「これ、信介に渡しといてな」

「…サツマイモ、ですか?」

「うちのチビたちが芋掘りに言ってきてぎょうさん貰たからお裾分けやねん」

「ありがとうございます!美味しくいただかせてもらいますね」

送ってくれたおじさんに手を振り信介の家の玄関へと向かいインターホンを鳴らすと、庭の方から「こっちや」と信介の声が聞こえた。

「信介、と…治くん?」

「名前さん、お邪魔してます〜」

「ばぁちゃんまだ友だちの家から帰ってへんのや。せや、丁度ええから名前も手伝ってくれへん?」

はいと渡されのは箒で、庭の方を見れば赤や黄色の葉っぱがこんもりと山になって集められている。

「何で…?」

「庭掃除しとるからやけど?」

当たり前のことをなんで聞くのかという顔をする信介に「いや、私が荷物持っとんの見えへんの?」と嫌な顔をして言う。

そもそもなんで私が庭掃除を手伝わないといけないのか。

「…それ、何入っとるん?」

「じゃがいもとか里芋…キノコも入ってるかな?」

「名前さん、それサツマイモですか?」

「あ、そうそう。こっちはサツマイモ…」

治くんが今にもよだれが垂れそうな目で見た袋の中には、もらったばかりのサツマイモ。

目の前にはいい感じに集まっている落ち葉。

「…焼き芋やるか」

呟かれた信介の言葉に、輝かんばかりの表情をした治くんに思わず笑ってしまった。

「私、泥落としてくるな」

「俺も手伝うわ」

「じゃあ俺、アルミホイルとってきます!」

「治、マッチもついでに用意してきてや」

「はい!」

うきうきと家の中へ消えていく治くんを見送りつつ、庭の端にある水道へとサツマイモを持っていく。

お裾分けとおじさんは言っていたけれど、結構な量のサツマイモが袋に入っていて、三人で食べるには少し量が多そうだ。

「名前、それ誰からもらったん?」

「こっちの袋は堺さんで、こっちは遠山のおばあちゃん。サツマイモは中川のおじさん。荷物多かったからついでに送ってくれたの」

「お礼言わんとやな」

「みんなここに来るたびになんかくれるから今度お菓子でも焼いてこようかな」

水道の水はもう秋も深まった今、素手で触るには少し冷たい。
段々と赤くなる私の手にそっと触れ、信介が「冷たいな」と眉を下げて言った。

信介の手も冷たかったけれど、触れられた箇所が熱を帯びるような感覚がして、ドキリと心臓が跳ねた。

「し、信介やって冷たいやん」

「名前の手の方が真っ赤やで」

離されない手、信介の真剣な眼差し。
普段とは違うその表情に、自分の喉がゴクリと音を立てる。

もしかして、信介って私のこと。
妄想にも似た発想が頭によぎる。

「北さーん、名前さーん!アルミホイルありましたよ!」

治くんの燥いだ声が庭に響き、ハッと現実に戻された。

握られていた手はもう離されていて、信介の表情もいつもと同じ。

今のは幻だったのだろうかと思わされる。

「さ、焼き芋やろか」

「う、ん…そうだね…」

まだ煩い心臓を大きく息を吸って落ち着かせ、決して表には出さないようにし、治くんの元へと駆けた。

「治くん、美味しく焼こうな!」

まだ信介の側は落ち着かなくて治くんの方へ寄ると、腕をぐいっと引っ張られた。

「へ」

我ながら間抜けな声が出た。

「北さん、妬いてはるんですか?」

「え!?いやいや、私と信介は別にそういう関係とちゃうよ?」

「え、付き合ってないんですか?」

「付き合ってへん!!なんでみんな勘違いするかな!!」

「付き合ってなくても好きな女が他の男にくっついてたら妬くやろ」

サラリと言われた言葉に、思考が止まる。

「ほら、早よ焼かんと寒なってまうで」

落ち葉の焼ける香りと、木々についている色鮮やかな葉っぱ。

私と信介の関係が少し動いたこの日の光景を、私は多分ずっと忘れないだろう。



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