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木兎さんが珍しく店に来た。
しかも連れは女の子。

木兎さんの後ろに隠れて注文する姿を見て、彼女かなんかなのだろうかと様子を伺っていたら、広報として新しく入った子だと言う。

広報なのにこんな人見知りっぽくて平気なのかと他人事ながら心配したけれど、席に着いた時に見えたその容姿に少しの間目が離せなかった。
 
綺麗な銀髪が艶やかに輝いていて、時折耳にかける仕草がなんとも絵になる。

でも、先程からずっと笑顔ではいるけれどその瞳は不安に揺れていて、今にも泣き出しそうだった。

自分で言うのもなんだけれど、容姿は整っている方だからか初めて会う女の子は俺のことを見て頬を染めることが多い。

それなのに、彼女はチラリとも俺の方を見ようとしない。
木兎さんと一緒にいるから、とかではないと思う。
意図的に俺を視界に入れるのを避けている。
だって彼女は木兎さんの話に集中しているように見えるけれど、意識はずっと俺の方を向いているのがわかるから。

どこかで会ったことがあるのだろうか。

考えても心当たりは一つとしてなかったけれど、彼女のことを考えると心になにか棘が刺さったような気持ちになる。

罪悪感が心をじわじわと蝕んでいく。

何に対して、とかよくわからない。
わからないのだけれど彼女に対して負い目があるような気がしてならないのだ。

「ミャーサム聞いてる?名前ちゃんの初恋の人がツムツムに似てるんだって!それってもしかしてミャーサムのことかなって!」

考えに沈んでいたのに、木兎さんの元気な声が現実へと俺を引き戻した。

「ちょ、木兎さん!言わないでって言うたやないですか!」

木兎さんのその言葉と彼女の焦ったような声とこちらを不安げに見るその顔に、ガツンと頭を殴られるような感覚がした。

途端、鮮明になった記憶。
今まで靄がかかったように思い出せなかった記憶の数々。

『もし治くんが私のことを覚えてて、5年…10年後も私のこと好きでいたらその時は私と付き合うてくれる?』

悲しそうに笑った女の子の顔が、目の前にいる彼女と重なった。

「あの、木兎さんが言ったこと気にせんといてください」

泣きそうな顔をして逃げるように店を出た彼女の名前は

「名字…さん…?」

どうして忘れていたのかわからないくらいに、濃厚だった高校二年生のあの時、あの時間。

高三の卒業式に第二ボタンをあげたのも名字さんや。

あの時俺はなんで名字さんのことを忘れとった?

欠けていたピースが形を帯びて、バラバラになった記憶が一つずつ綺麗に繋がっていく。

「名字さん…!」

彼女を追いかけるように店を飛び出して、必死になって後を追った。

ここで逃したらもう二度と会えないかもしれない…いや、絶対に会えなくなる。
逃がすわけにはいかない。

「名字さん!!頼む、待ってくれ!!俺じゃ追いつかんの知っとるやろ!!体育祭の二人三脚、名字さんのが早かったやん!!」

必死に叫んだ言葉が名字さんの耳に届いたのか名字さんの足はピタリと止まり、俺の方を恐る恐る振り返るのが見えた。

「治くん…嘘やろ…思い出したん…?」

名字さんの瞳からボロボロと零れ落ちる涙を見て、周りに人がいるのも忘れて抱きしめた。

俺が泣かせたんやから、俺が泣き止ませんと。

「もう忘れへん…!頼むから逃げんとって…!」

「思い出してくれたんなら、逃げへん。…約束、やから」

溢れた涙を拭いて俺の顔を見て笑ってくれた名字さんに、愛おしさが込み上げる。

このまま家に連れて帰りたいくらいだけれど、店を飛び出してきてしまったから戻らないといけない。

「店、終わったら連絡するから」

「飛び出して来ちゃったもんね」

「いなくならん?」

「うん、大丈夫」

「絶対に?」

「絶対に」

俺を見て、どこか困ったように笑う名字さんを信じるしかない。

連絡先だけ聞いて急いで戻ったら、俺の顔を見て店内にいたお客さんが「うまくいったっぽいな!」と嬉しそうに笑ってくれた。

「おかげさまで、ありがとうございます」

少し照れ臭いけれどそうお礼を言えば、木兎さんが思い出したように呟いた。

「そうだった。俺、ツムツムに頼まれたんだよ」

「ツムに?」

「よくわかんないけどここに名前ちゃん連れてってくれって」

「それは…お礼言わんとやなぁ…」

「俺帰るね、ごちそうさまでした!」

「俺らも帰るか」

「治くんこの後予定入りやもんな」

木兎さんを皮切りに次々とお会計を済まして帰っていくお客さんには感謝しかない。

暖簾を仕舞い扉に『本日店主急用にて閉店』の貼り紙をして、先程追加されたアイコンにメッセージを送った。

『店、戻ってきて。話させて』



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