黒尾さんと焼き芋
「名字名前、すきな食べ物は石焼き芋です!」
合コンに来たのに好きな食べ物だけを言い、自分のことはほとんど話さない変わった女性だなと思った。
見た目は綺麗系で俺の好みど真ん中だったけれど、他のヤツが話を振っても作った笑顔でうんうん頷くだけ。
聞いてくれるからか話していたヤツは気分良さそうにしていたが、名字さんは机の下で腕時計と睨めっこ。
これは人数合わせに呼ばれただけで彼氏を作ろうとかは微塵も思ってないなと早々に諦めた。
案の定二次会に行くことはせずに「用事あるから!」と一次会が終わると同時に帰っていった。
「いいの?黒尾、名前のこと気になってたんじゃないの?」
女性側の幹事である大学の友人がそう俺に言い、追いかけないのかとニヤニヤ笑ったけれど名字さんの背中はもう遥か遠く、人混みの中へと消えていた。
「向こうに気がなきゃ何言ったってどうしようもないだろ」
「諦めんの早〜!」
「うっせ」
この日は二次会に行く気にもなれなくて俺も一次会で帰ったのだが、それ以降耳に入る冬の風物詩とも言えるであろう石焼き芋の販売の声がどうも気になって仕方がない。
あの独特な呼び声がするたびに名字さんの顔がふと浮かぶのだ。
一目惚れってやつなんだろうか。
向こうは俺に一ミリも興味を示さなかったというのに。
もう何度目かになるあの音声についに俺も根負け。
家を出て音を頼りに探すと、道路の向こう側に目的の車があるのを見つけた。
左右を見て車が通らないのを確認して道路を渡り、売っているおじさんに勢いよく声をかけようとしたその時。
「おじさん!焼き芋ください!」
横から顔を真っ赤にして大声で走ってくる女性に、言葉を失った。
名字さんだ。
「お、今日も買うの?」
「石焼き芋の声が聞こえたら買わないと!」
おじさんと楽しそうに話す名字さんは以前見た作り笑顔は浮かべておらず、これが本来の彼女なのかと驚かされた。
「…あれ、お兄さんも買いにきたんですか?」
俺の方を見て笑う彼女に、心臓がうるさいくらいに音を立てる。
あ、これは本当に一目惚れってやつだわ。
笑いかけられただけで顔全体に熱が集まるのを感じ、普段の猫を被った笑顔を作る余裕すらない。
「このおじさんの石焼き芋は美味しいよー!あ、買うの迷ってるとか?」
何も話さない俺の顔を覗き込み、ペラペラと話す名字さんに辛うじて「そんな感じです」と小さい声で返す。
「じゃあおじさん、いつもの倍ちょうだい!袋二つにわけてね!」
「はいよ」
おじさんはホカホカの石焼き芋を新聞紙で作られた袋に入れ名字さんへと渡し、お金を受け取ると「いつもありがとな」とヘヘッと笑った。
「はい、こっちお兄さんのね!」
「あ、お金…」
「気にしないで!おじさんの焼き芋美味しいから色んな人に食べてほしいし」
じゃあ私行くから、と新聞紙を大事そうに抱えて名字さんは足早に去っていった。
この冬、石焼き芋の声が聞こえるたびに外へと走り名字さんを探したのはまた別の話。
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