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「なあ、名前ちゃん」

「ん、何…?」

治が出してくれたお粥を食べ終わった頃、真剣な眼差しで私の方を見る治に居心地の悪さを少し感じる。

呼び出された時点で理解はしていたけれど、侑との関係についてどうするのかを聞かれるのだろう。

侑から大体の話は聞いているだろうし、私たち全員いい歳をした大人。

いい加減自分の気持ちに区切りをつけろと、そういうことだ。

「どうするつもりなん?」

「…このままサヨナラってわけにもいかんやろ。わかっとんねん」

「なら、善は急げやな」

「え?」

治が店の奥を振り返り「ツム」と声をかけると、申し訳なさそうな顔をした侑がひょっこりと顔を出した。

「待って、ちょ、心の準備は!?」

「そんなん待ってたらヨボヨボになってまうわ」

「それにしてもいきなりすぎるやろ…!」

「もう店は閉めとるし、出した食器だけ洗っといてくれればええから。…鍵はツムが閉めといてや」

ポイと投げられた銀色のそれは、綺麗に弧を描き侑の手元へと収まった。

「二人とも、逃げないでちゃんと話すんやで」

前掛けと帽子を取りそれだけ言うと治は外へと行ってしまい、店内には私と侑の二人だけが残され気まずい空気が流れる。

目を合わすと泣いてしまいそうで、侑の顔がまともに見られない。

「名前…」

先に口を開いたのは侑だった。

「すまんかった!!!」

ガバッと音を立てるほど勢いよく頭を下げ謝る侑に頭の中でぐるぐると嫌なことを考えてしまう。

だって、謝ったということはこの間のことをなかったことにしてくれということ。

ルックスのよさから女性ファンの多い侑だ。
こんなちっぽけな一般市民の私と何かあったなどとあれば困るんだろう。

告白なんてしなくたってわかりきってたじゃないか。

「あ、侑が謝ることなんかあらへんよ。そんな、うちらもいい歳やし一度の間違いくらいよくあるやろ?」

涙がこぼれそうになるのをぐっと堪えて、なるべく軽く返す。

治は話し合えなんて言ってたけど、そんな余地どこにあるっていうのか。

「よくある?」

ヒヤリと冷たい、地の底を這うような声が侑から聞こえた。

「ひっ」

蛇に睨まれた蛙。

喉から出た声は情けないくらいに震え、自然と侑から距離をとるように後ろへと下がる。

「よくある?名前にとっては高校ん時の同級生と寝ることはよくあることなんか?」

ジリジリと間合いを詰められ、壁まであと少し。

「や、それはよくはないけど」

「じゃあなんで今よくあることって言うたん?」

「だって、だって…」

侑に迷惑かけたくなくて。

喉まで出かけた言葉は、声にならなかった。

「…名前にとって俺は、そんな軽い存在やったん?」

先程までの怒った口調とは違う、悲しそうなその声に驚いた。

「あ、つむ…?」

「名前のこと好きってやっと気づいたのに、告白すらさせてもらえないん?」

その言葉に思わず顔を上げると、眉を下げて情けない顔をする侑が見えた。

こんな顔、試合に負けた時ですら見たことない。

「侑…」

「そりゃ酔ってる名前に手出したんは最低やったけど…」

「侑、私のこと好きなん…?」

「好きやって言うてるやん!」

ムッとした顔で言う侑に、緊張の糸が切れた。

堪えていた涙が堰を切ったように流れる。

「ちょ、そんな泣くほど嫌か?」

「ちが、そうじゃなくて」

「なんやねん!!泣かんでくれ!!」

自分の袖でゴシゴシと私の目を擦り、困ったような、焦ったような顔をしてワタワタするのを見て、自然と言葉が口から出た。

「好きやねん」

途端、目を丸くしてパチパチと瞬きをする侑に、全体重がのるようにギュッと抱きつく。

「今、好きって言うた?」

「うん、言った」

「聞き間違いやなくて?」

「ちゃんと好きやって言うたよ」

「ほんまに?」

「本当。寧ろ私のが聞き間違いやないかって疑ったわ」

「両想い、やんな?」

「うん」

「付き合うてくれるん?」

「侑がええなら」

「そ、りゃ…ええに決まっとるやろ!」

その瞬間、宙を彷徨っていた侑の腕は、私の身体をしっかりと抱きしめ返してくれた。

力が入りほんの少しだけ苦しい抱擁も今までの辛かった時間を思えば、それすらも幸せに思える。

「…とりあえず、俺ん家帰ろか。まだ家決まっとらんのやろ?」

「決まってへんな…」

「次の休みに、家具見に行こか」

「え?」

「ベッド、買い直さなアカンやろ?」

「…それって」

「今のやと二人で寝るには狭いやん。カノジョなんやから一緒住んだってええやろ?」

居候ではなく、彼女として。

それがどれだけ嬉しいことか侑はわかっているのだろうか。

「…アカン?」

「そんなことない!」

「なら決まりやな」

鼻歌まじりにどこで買おうかなんて言いながら鍵を指で回す侑にもう一度抱きつき、侑にだけ聞こえるくらいの小さな声でありがとうと呟いた。



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