10

凍てつくような寒さも漸く落ち着き、梅の花がほころび始めた三月の頭、名字から『合格したよ』と短い文章と共にピースサインの絵文字が送られてきた。

名字からの連絡は久しぶりで、最後に顔を見たのはいつだっただろうか。

卒業式も試験日程と重なっていたため会えなかったし、先月は俺が引っ越しの準備で忙しくて会っていなかったと思う。

別に会っても構わないのだけれど、俺が告白した日以降名字は「私も頑張らないと」とこれまでとは打って変わって勉強に打ち込むようになり、勉強以外の用事で呼び出すのは少し憚られた。

その甲斐あってか、それとも今までが本気をだしていなかったのかは知らないが、名字は試験直前の模試では志望校全てにA判定がつき、かつ順位も全国で一桁という誰が見ても素晴らしいと言うしかない結果を叩き出した。

「すげェな…」

「目指せ首席合格、なんてね」

「お前ならやってのけそうで怖いわ」

「でしょでしょ〜」

そんな名字だからあまり結果は心配していなかったのだけれど、万一があるかもしれないという不安は付き纏っていて、名字からきちんと合格の二文字が聞けたことでやっと俺の心にも平穏が訪れたように思えた。

『めでてェな』

名字に送ったメッセージにはすぐ既読がつき、それとほぼ同時に携帯がぶるりと震え、画面に名字からの電話を告げるアイコンが表示された。

『あ、もしもし岩泉くん?今大丈夫?』

「おう」

久々の名字の声に柄にもなく緊張し、変に上ずった声が自分の喉から発せられる。

『お互い合格したからさ、えーっと…あの、その…』

名字にしては珍しく弱気で、どんどん語尾が小さくなっていくのが少し面白い。

「名字がヒマなら今から会えるべ」

『えっ、いいの!?』

「合格したんだろ?」

『うん、した…!』

「駅待ち合わせでいいか?」

『あ、岩泉くんが大丈夫なら結果報告もかねて学校に行きたいんだけど…制服誰かにあげちゃったりした?』

「いや、まだある」

『じゃあ学校でも平気?』

「おう。一時間後とかでいいか?」

『うん、大丈夫』

「じゃあまた後で」

『はーい』

通話終了のボタンを押し、早速学校へ行く準備をするために携帯をベッドへと放り投げる。

卒業式の時に制服もこれで着納めかなんて花巻たちと話していたのに、まさかもう一度着ることになるとは。

「ちょっと学校行ってくる」

リビングにいた母に声をかけ、財布と携帯しか入っていない鞄を肩にかけると、その鞄の軽さが『卒業』を俺自身に自覚させた。

今まで教科書や部活の道具で重かったのに、何も入っていない鞄はこんなにも軽いのか。

途端に、この3年間ずっと一緒にいたあいつらの顔が思い起こされた。

誰一人として同じ道を歩むことはなかったけれど、それでも確固たる信頼がある。

じゃあ俺と名字は?

あの日、あの教室で好きだとお互いに伝えはしたけれど、それ以上のことは踏み込まなかった。

受験が終わるまでは、今までと同じまま。

それが俺と名字の決めた約束だった。

今日、名字の受験は終わりを告げ、俺たちの止まったままの関係が動き出す。

あいつらのように名字とも信頼関係をきちんと築きたい。

早る気持ちを抑え、学校へと続く道を俺は一人がむしゃらに駆けた。



back