治とスイーツフェア
※オフィスパロ
※短編マネッチアの設定
私と宮さんは、宮さんが外回りに行かない日は一緒に昼ご飯を食べる仲になった。
何回か食べるにあたって少しだけ変わったのが宮さんの呼び方で、今は治さんと呼ばせてもらっている。
と、いうのも宮さんは双子で、片割れの侑さんもこの会社の他の支所に勤めているらしく、本人から紛らわしいので名前で呼んでほしいと直々に言われれば、断るのもおかしいかと二つ返事で了承した。
そして私が治さん呼びをするようになってからある程度経ったある日、いつも通り昼休みに一緒にご飯を食べていると、治さんが少し躊躇いながら私に次の休みの予定を聞いてきた。
「名字さん今度の日曜って暇やったりする?」
「何にも予定は入っていなかったと思いますけど…」
「営業先の人からスイーツフェアのチケットもらったんやけど一緒に行かへん?」
「スイーツフェアですか!?是非ともご一緒させていただきたいです!」
チケットを見せてもらえば有名なホテルのもので、行きたいと前々から思っていたけれど一緒に行く人がいなくて諦めていたものだった。
「これ、前から行きたかったんです!いいんですか?」
「おん、男一人やと行きづらくてなぁ…」
治さんは困った顔をしたが、この顔のよさなら声をかければ女の子は喜んで行くと思うけれど。
とはいえ私もこの機会を逃すのは嫌なので「予定入れておきます!」とその場でスケジュール帳に“治さんとスイーツフェア”とでかでかと書かせていただいた。
**
そして日曜日、朝から私はずっと鏡の前で悩んでいる。
何も考えずに了承してしまったけれど、モデル顔負けの顔の良さとスタイルを持つ治さんの隣を歩くことをすっかり忘れていたのだ。
普段はスーツだからいい。
しかし私服となると話は別で、治さんの隣にいるからには少しでも恥ずかしくないようにしたい。
釣り合わないのは承知の上だけれど、周りの女性から鼻で笑われるような格好は是が非でも避けたいのだ。
散々迷い、決めたのは一着のワンピースだった。
いつか着ようと買ったものの、着て行く機会に恵まれず箪笥の肥やしになっていた水色のワンピース。
鏡を前に一回転し、これでいいかと自分を納得させたところで時計を見たら、待ち合わせまであまり時間もなくなっていて、慌てて家を出た。
幸いにも予定していた電車に乗ることができて、待ち合わせ場所まで急いで走るようなことにはならなかったのだけれど、治さんの方は既に着いていたようで、女性の二人組に声をかけられているのが見えた。
格好いいからナンパされるのも日常茶飯事なのだろう。
そんな治さんに声をかけるのが躊躇われて遠巻きに見ていると、どうやら治さんがこちらに気づいたようで大きな声で私の名前を呼んだ。
「名前!」
初めて呼ばれた自分の名前に、返事をしようにも驚きが勝ってしまい口からはうまく言葉が出ない。
「すいません、彼女とこれからデートなんですわ〜」
治さんは私のもとへ駆けてくると、私を軽く抱きしめ「すまんけど話合わせて」と耳元で囁いた。
待って、心臓がもたないんですけど。
抱きしめられたときにフワッと香った治さんの匂いも、耳元で囁かれた甘い声も、何もかもが私の許容量を超えていた。
「名前、ほら行くで?」
うんともすんとも言わない私の手を自分の手に絡め、治さんは人混みの中へと私を引っ張っていった。
繋いだ手が熱くて、心臓がドキドキする。
私、治さんのことが好きかもしれない。
**
暫く歩いて先程の女性たちも見えなくなった頃、治さんは漸く手を離してくれ、すまなそうな顔で私に謝ってくれた。
「すまん、待ち合わせしとるからって言うても全然諦めてくれへんかったん」
「あ、いえ、急だったからびっくりしただけです。大丈夫ですよ」
「ほんましつこくてかなわんわ」
「ご愁傷様です。…よくあるんですか?」
「ん?まあ、そやな…」
ああ、やっぱりよくあるんだ。
「…嫌やった?」
「え?」
「彼女って言うてもうたから、嫌やったんかなって」
「いえ、あれはそう言わないと諦めてくれなさそうでしたもんね。仕方ないですよ」
治さんがこちらに駆けてきたとき、本当に困った顔をしていたのを思い出し、決して治さんのせいではないと伝えると、治さんは一瞬眉間に皺を寄せすごい顔をした。
「そうやなくて…」
どうもこの話題はあまりよろしくない。
掘り下げられるとボロがでそうだ。
「あ!ほら!折角のスイーツフェアですよ!楽しみましょう?」
歩いているうちに着いた目的のホテルを指差しそう伝えると、先ほどとは打って変わって嬉しそうな治さんに戻ってくれたけれど。
「楽しみやな〜!あ、そういえば名字さん、今日の服めっちゃ似合うててかわええな」
サラッと言われた言葉に、再度固まったのは言うまでもない。
こんな調子で私はこれから治さんに今まで通り接することができるのだろうか。
**
「宮様、お二人様ですね」
受付のお姉さんに案内され席に座ると、座ったのも束の間、すぐに立ち上がりビュッフェの列へと並ぶ。
「名字さんはどれ食べるん?」
「片っ端から食べたいとこですけど、流石にそうもいかないので迷いますね〜」
「俺、残ったら全部食えるから好きなのとってええよ」
「え、本当ですか?流石治さん、助かります!」
ビュッフェに行くと、いつも食べたかったものが全部食べられなかった私からしたら治さんの提案は実にありがたかった。
今までのお昼ご飯の食いっぷりを見ていても治さんがものすごく食べるのはわかっているので、本当に食べたいものを全部遠慮なく載せると、お皿の上は所狭しとばかりにケーキが並ぶ。
「わ〜、美味しそう!!」
「甘いもんいっぱい食えるの幸せやな!」
いただきます、と手を合わせ食べ始めると、お互い喋るのも忘れて目の前のケーキに夢中になった。
「…あれ、名字さんそれどこにあった?」
ふた皿目に取りかかろうとした時、治さんが私のお皿に載っているものに気づいたらしい。
「ふふ、治さんがさっき飲み物取りに行ってる間に向こうのほうでとってきたやつですよ」
「え、気づかへんかった!」
「二つとってきましたから、一つどうですか?」
お皿を治さんの方に近づけようとした瞬間、治さんは嬉しそうに笑い、口を大きく開けた。
「え」
「ん?くれないん?」
「や、あげますけど」
あげますけど、私が食べさせるんですか?
でもその質問を声に出したら、私だけが意識しているみたいで言葉にはできなかった。
「あ、あーん」
フォークに刺して治さんの口へもっていくとパクリと口にし、幸せそうな顔でもぐもぐと口を動かす。
本当に治さんは美味しそうにご飯を食べる。
恥ずかしかった気持ちもその顔を見ていると、どこかへ飛んでいってしまう。
「ふふ」
「どしたん?」
「治さん幸せそうな顔するなぁって」
「美味いもん食ってる時は格別やからな!」
この笑顔、独り占めしたいなんて思うのは欲が出てきているのだろうか。
「またこうやって一緒に行ってもいいですか?」
「かまへんよ!」
自覚した気持ちが、加速した瞬間。
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